腹の上に重さがあるのはいつものことだった。自分を抱えるように回された腕は、向かいで眠る男のものだ。そして、そんな自分たちの上で眠り転げている、いつか捕まえたホシガリスが進化したヨクバリスと、向かいで眠っている男のネッコアラの重さだ。すぴゃあー、とぐっすり眠り転げているホシガリスが寝返りを打ったのか、腹の上にあった重さが移動していく。
今日は休みで、目の前で眠っている男・アオキもペパーも二人とも用事が無くて、部屋の掃除でもして、足りなくなりつつあるものを補充しようと昨日の夜話していた。
休みで、遠出をする予定がないからスマホロトムがアラームをけたたましく鳴らすこともない。だからこそペパーのまだぼんやりする頭では、そろそろ起きないと、という気持ちと同時に、まだこの優しいまどろみの中に引きこもっていたいという気持ちがせめぎ合う。あと五分だけこのまどろみの中で、と思ってしまう。いつもならば元気に起こしに来る相棒も、激務で疲れ切っているアオキを慮って静かにしているのか、それとも冬の朝特有の優しい日差しでまだ眠っているのかも知れなくて静かなものだ。
ぼんやりとする頭で、ペパーは手を持ち上げて目の前の男に触れる。年相応にかさついた肌。あれだけ食べているというのに、変わらず痩せた頬を撫でて違和感を覚える。乾燥した肌は、夜ごとに重ね合わせるときは緊張しているからか肌の違和感なんて覚えていられない。緊張のない今だからこそ、覚えた違和感。
しかし嫌ではない違和感に、ゆっくりと頭が覚醒していく。何度か頬を撫でれば、その違和感がちくりとしたものだと気がつく。指先から手のひらに変えて撫でれば、ざらりとした感覚。
違和感の正体は、男らしく削げた頬から顎先にかけて生えてきたらしい髭だった。体質故か、あまり髭らしいものが生えてこないペパーからすれば、羨ましさ半分、手入れが面倒そうだなという気持ち半分で、蒸らしたタオルでシェービング前の準備をする彼を見ていたものだ。
「……アオキさん、まだ寝てる、よな?」
ぐっすり眠っていることを確認して、ペパーはアオキの頬から顎先にかけて手のひらでなぞる。骨の硬さと皮膚の柔らかさ。そこに重なる成長している髭柔らかい硬さ。
新しいおもちゃを見つけた、と言わんばかりにペパーはアオキの頬を撫でる。撫でる方向を変えれば、手のひらに当たるちくちくとした感覚も変わるのが面白くて、何度も撫でてしまう。
ひとしきり撫でて満足したペパーは、頬から手を離そうとする。そのとき彼は、掛け布団ごと彼を抱えるようにあった、腕の重さのことをすっかり忘れていた。
「……おはようございます……」
「おわっ! お、おはよう……」
「まだ早い時間ですね……」
自身の頬を撫でていたペパーの手を取ったアオキは、ヘッドボードに立てかけていたスマホロトムを見る。とっくに始業時刻を回っている時間だったが、今日は休みである。休みの日に起きるにはまだ早いとも言える時間で、アオキはちょうどいい抱き枕だ、と言わんばかりにペパーを抱え直す。
二度寝をしようとするアオキだったが、小さな地響きのような腹の虫の合唱が聞こえてくる。それを聞いたペパーは思わず笑ってしまう。はらぺこちゃんめ、と笑えば、起きますか、とアオキは眦をわずかに下げる。
「もう少し寝たかったのですが」
「朝飯食ったら寝る?」
「時間的に、食べ終わり次第買い出しに行ってもいい時間になるのでは?」
「じゃあ、昼食って、掃除したら昼寝しようぜ。朝から天気いいしさ」
「そうですね。魅力的な提案です」
二人がごそごそとベッドから出ると、ベッド下で眠っていたマフィティフとノココッチがもぞもぞと動く。主人たちが動き出したのにあわせて起き出したポケモンたちの頭を撫でながら、二人は朝ごはんは何にするか話し合う。
「サンドイッチもいいですね」
「ご飯炊いてあるから、おにぎりも作れるぜ?」
「どちらも捨てがたいですね……」
「アオキさんなら、朝からがっつりいけるだろ? 両方にするか」
「お手数おかけします」
「いいってことよ!」
エプロンを手にしたペパーは、顔を洗いにいこうとするアオキを呼び止める。どうかしたのか、とペパーの元にきたアオキに、少し背伸びをしてペパーは彼の唇の端に触れるだけのキスを落とす。
髭がちくちくする、とペパーが言えば剃ってからでもいいでしょうに、とアオキは顎周りの無精髭を撫でる。
「そんなに珍しいですかね」
「あんまり意識して見たことなかったから、珍しかったな」
「そうでしたか。では、剃ってきますね」
「ん、分かった」
今度こそリビングから出ていくアオキを見送って、ペパーはエプロンを身につける。ネッコアラがプリントされた青色のエプロンは、同居を初めてから最初の誕生日に贈られたものだった。
朝ご飯はスクランブルエッグにウィンナー、それとレタスと玉ねぎをたっぷり使ったサンドイッチと、シンプルに塩だけで握ったおにぎりにしよう。頭の中でメニューを組み立てながら、ペパーは炊飯器の蓋を開けるのだった。