駅前の時計台には多くの人がいたが、栫井優の目当ての人物の周りだけ綺麗に開いていたため、特段苦労することなく探し出すことができた。これも単に相手の顔が良すぎるからだろう。人間、美しすぎるものには気が引けるものだ。
ライトベージュのトレンチコートを着た絶世の美男子は、右手にコンビニコーヒーのカップを持っている。彼は優に気がつくと、左手をあげてくる。
「新年ですね。明けましておめでとうございます」
「あけましておめでとー。初詣いこ、って誘ったのはあたしだけどさ、あんたその格好で寒くないわけ?」
「寒くはありませんよ。着膨れるのは活動効率を下げますから」
「見てて寒々しいんだわ。ダウンはないわけ? この時期は着てるじゃん」
「姉がコーヒーを溢しましたので、クリーニングに出しています」
「ああ……なるほどね……」
普段着ている、ファストファッションで購入したてまあろうライトベージュのダウンジャケットではなく、ライトベージュのトレンチコートを着用している千種川。インナーを裏起毛にしています、と告げた彼に、それならあったかいわ、と優は納得する。
店先のゴミ箱に空になったカップを捨てる。待ち合わせに使った時計台から離れ、二人はこの辺りの神社でいいか、と歩き出す。街には新年を祝う言葉で溢れ、休みではない店は新年にかこつけたセールであったり、初売りを開催している。
「優は初売りやセールに興味はなさそうですね」
「ん? あー、まあね。別に初売りに欲しいものが出てるなら買うけど。福袋も別に欲しいものはないなら、お金の無駄遣いだしね」
「そうですね。賢明な判断です」
「……そういや、あんたなら知ってるかも」
少しだけ千種川の整いすぎるまでに整った無表情を見ていた優は、はたと気がついたように頷く。なんでしょう、と首を傾げながら尋ねる。たいしたことじゃないんだけどさ、とおもむろに優は口を開く。
「元旦と元日ってどう違うんだろって。別にそこまで気にはしてないんだけど、年賀状書くときに気になったんだよね。結局、一月一日、で流したんだけど」
「そうでしたか。元日は一月一日終日を指しますが、元旦は一月一日の朝のみを指します。補足しますと、正月は定義としては1月の1ヶ月間を指します。ですが、一般的には「三が日」または「松の内」などの行事や祝い事をする期間を言いますね」
「へえ、正月ってまるっと一ヶ月が定義だったんだ。あたし、三が日までだと思ってたわ」
「定義と認識が違うのはよくあることです」
人でごった返している神社に着くと、二人は参拝の列に並ぶ。五列に並んでいる人々に混ざっても、人の隙間を風はぬってくる。裏起毛のパンツでよかったわ、と優が腕を組みながらしみじみと考えている間にも、どんどん人の列は短くなっていく。
「あんたは神頼みするの?」
「神頼みですか。しませんが、何か不都合がありましたか?」
「いや、参拝の列に並んでるから。あんたでも、そういうのやるのかって」
「その土地の文化・習慣に基づいて活動していますので、必要があれば参拝はします。今回の場合は、神頼みをするよりはその土地に存在するとされる神という存在への挨拶ですね。挨拶を怠った故に、異物を排除されては困りますから」
「はは。あんたでもそういう冗談いうんだ?」
「あながち、目に見えない存在を邪険にはできませんから」
原理や過程を科学的に説明できないことは、身近なところにありますからね。
そう呟いた彼に、そういうものか、と優へ納得する。二人の前にいた人が列から抜けると、優と千種川は前に進む。賽銭箱に小銭を入れると、鈴を鳴らす。二礼二拍手一礼を済ませると、列から離れる。ちら、と優が見た列は、自分たちが並んだ時よりも長いように見える。自分もそうだが、よくまあこうも長く並ぼうと人は思うものである。
「風習って恐ろしいわね……」
「どうかしましたか?」
「いや、別に何も。ついでにおみくじも引いていっていい?」
「かまいませんよ」
優は社務所に足を向ける。後ろから千種川がついてくる。人の目を惹きつける二人が歩くだけで、さっ、と周囲の人の波が割れていく。
幸いにも、そちらに並んでいる人の数は比較的少なかった。