うちのクラスにはチョコレートを山のように受け取る女がいる。
下手な男よりも背が高いその女の名前は栫井優(かこい・ゆう)といった。ゆるくうねったグレイアッシュのロングヘアは、毛先にスカイブルーのエッシュが入っている。髪色に派手な青いネイル。顔立ちもテレビに出てくる芸能人のように華やかだ。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだ彼女の肢体にやみつきな男たちは多い。他校にいるあたしの彼氏だって、きっと栫井さんを見たら目で追うだろう。悔しいことに、体つきで彼女に勝てるとは微塵とも思えないのだ。
彼女に堂々と話しかけられるタイプの人は、堂々と先程から彼女に話しかけてチョコレートを渡している。手作りのラッピングのものから、だいぶ奮発していそうなものまで、そのラインナップはさまざまだ。そのすべてを、彼女は興味なさそうな顔をしながら、礼を言って受け取っている。
その光景を見ながら、男子生徒は相変わらず凄い、だの、やべえ、だのやいのやいの言っている。自分たちが貰えないのも納得してしまうほど、彼女にチョコが集まることを理解しているのだろう。何人かの男子に至っては、自分から彼女にチョコレートを渡すなどしている。逆チョコですら、彼女は面白いじゃん、と平然と受け取っている。
またひとり、彼女にチョコレートを渡そうとしている女子生徒がいた。今度は三人連れだ。どうにも、栫井さんは近寄りがたい雰囲気があるせいか、一人で渡しに来る生徒は少ないのだ。
「あ、あの」
「ん? ああ、チョコレート?」
「は、はひっ。その、よかったら……」
「ホワイトデーにお礼ができなくてもいいなら貰うけど、それでもいい?」
「はい! 全然!」
「もの好きだねえ。ありがと」
きゃあきゃあ、と受け取ってもらえたことを喜びながら、女子三人組が栫井さんの席をあとにする。三人でシェアして買ったのだろうそのチョコレートは、いささか高校生が買うにも貰うにも、ちょっとばかり大人びているものだった。栫井さんが手にしている分には相応に見えるのだが(彼女が老けているように見えるわけではなく、彼女が高校生らしからぬ雰囲気をしているのが大きい)買ったであろう彼女たちが手にするには、いささか早すぎるのではないか、と思うほどだ。安くもなかっただろうそれを、栫井さんはチョコレートで埋まっている紙袋にしまっていく。その大きな肩掛けの紙袋だって、すでに二袋目の半分は埋まっている。
持って買えるのも大変だろうなあ、と思いながら見ていると、二人組の男子生徒が教室に入ってくる。ちょっと大人しそうな男の子たちで、あきらかに挙動不審だ。そんな彼らは、栫井さんの席に近づくと、目をそらしながら長方形の箱を彼女に差し出す。
「あ、えっと、その」
「ああ、バレンタイン?」
「そ、そう、です!」
「ありがとね。でも、あたしからお返しはできないけど、それでもいいわけ?」
「ぜ、全然! お返しが欲しいわけじゃ、ないので……」
挙動不審な二人は彼女にチョコレートを渡すと、そそくさと教室をあとにする。彼女にチョコレートを渡す男子生徒は少なくはないが、よく観察していると、渡しに来る男子の大半は大人しそうな男の子ばかりだ。派手な――それこそ、彼女を休みの日に遊びに誘うような、行動力のある男子からのアプローチはない。むしろ、そういう相手は、彼らの方から彼女にチョコレートをくれという側である。もっとも、毎年チョコレートを渡されてはいないのだけれども。
大人しそうな男子生徒たちをじっ、と見ていた栫井さんは瞬きを二回すると、ありがたく受け取るわ、とだけ言う。ほっとした様子で男子は頭を下げて教室を後にする。たかだか女子高生にチョコレートを渡すだけだというのに、みんなが嫌に緊張しているのかは彼女を直接見ないと理解できないだろう。親に口頭で説明してもぴん、と来なかったようだから。
世界の上に一枚薄い板を敷いているように、彼女と私たちの間には明確にずれた何かがあるように思うのだ。見えている世界が違うと言うのか――同じ世界にいて、同じものを見ているはずなのに、何かが違うのだ。それが怖いから、どうしてもそれを理解してしまった人は彼女と対面で話すときは緊張してしまうのだ。
それでも――栫井さんには人を惹きつける魅力があるから、こうしてチョコレートを渡して彼女が普通の人でもあるのだ、と思うのだろう。きっと、そうだ。