ヴィンチェンツォは賑やかなテレビ画面を見ながら言う。芸人たちがどっ、と笑うのをバックミュージックにしながら、迫る恋人たちの記念日のことを口にする。
「今年のバレンタインなんだけれどね」
「あら、今年はなにが来るのかしら。いつかは花束だったわね」
「あのときは君から素敵なチョコラートをもらったからね。今年は私が手作りしてみようかなって」
「いつも花束とか、ディナーとかなのにどういう風の吹き回しかしら?」
「ふふ、ユウダイがね、恋人にチョコラートを作るんだって意気込んでいたから、私も当てられたみたいなんだ」
くすくすと笑うヴィンチェンツォに、絢瀬は素敵な事じゃない、と肩にもたれかかりながら返事をする。彼は料理が不慣れだから、簡単な生チョコレートのレシピを教えてあげたんだけどアヤセはなにが食べたいかな、ともたれてくる小さな頭を撫でながらヴィンチェンツォは質問する。
突然食べたいもの――それもチョコレート限定で尋ねられた絢瀬は、そもそもチョコレート菓子に何があるのかを思い出すところから始まる。生チョコレートは去年自分で作ったから分かるが、あとのチョコレートなどそうそう思いつかない。そもそもの話、絢瀬は甘いものが得意ではない、と言うのもあるのだが。
降参、と言わんばかりに絢瀬は頭を撫でている大きく分厚い手に自分の手を絡めながら、思いつかないわよ、と答える。
「どこからどこまでなら作れるのかも分からないもの」
「そうかなぁ。ケーキとか、クッキーは定番だけど……そうだな。他には、マカロン、クランチバーにババロアにプリンに……」
「そんなに作れるのね……ますます困るわ。食べやすいものならなんでもいいわよ」
「色々あるからね。食べやすいものなら、マカロンも一口サイズだから食べやすだろうし、簡単に作れるクランチバーもいいな……」
「クランチバーって、あれよね。コンビニとかにある、あの棒状のおかしよね?」
そういうと絢瀬はスティックを描くように手を動かす。指先でスティックバーを作る彼女に、そうそう、とヴィンチェンツォは頷く。
「あれって、そんなに手軽に作れるのね」
「コーンフレークとチョコレート、ビスケットがあれば作れるよ。そうだ、アヤセも作ってみるかい? 簡単だよ」
「いいのかしら。それ、わたしへのチョコレートでしょう? わたしが作ったら、意味がないんじゃないかしら」
「いいのさ。それに、ふたりで作ったらとても美味しくなると思わないかい? よく言うだろう? 愛情が最高のスパイスだって」
「そんなものかしら」
「そんなものだよ。よし、次の休みに作ろうか。君と作るクランチバーの他にも、チョコレートのババロアも作ろうかな」
ちょっと甘くてくどいかも知れないけど、食べてくれるかな。
小首をかしげながら尋ねてくる恋人がかわいらしくて、絢瀬はたまには甘い物もいいわよね、と頬にキスを落としてやるのだった。
◇◆◇
製菓用のチョコレートをばきばきと手で砕いているヴィンチェンツォに、包丁で切るより早そうね、と絢瀬は苦笑する。力自慢の恋人は、こういうときにすこぶる役に立つ。力任せに砕かれて、だいぶ小さくなったミルクチョコレートを耐熱ボウルに入れた彼は、六百ワットで三十秒ね、と絢瀬にボウルを託す。言われたとおりにレンジを設定してチョコレートを溶かす。去年も修子との生チョコレート作りで思ったことだが、菓子を作ることがある人はよくチョコレートが爆発しない時間を知っているものだと絢瀬はのんびり思う。
ちん、とすぐさま鳴ったレンジからボウルを取り出し、絢瀬はヴィンチェンツォにボウルを返す。その間もビスケットを砕いていたヴィンチェンツォは小さくなったビスケットとコーンフレーク、アーモンドのスライスを溶けかけのチョコレートの中にざらざらと放り込む。全体が馴染むようにゴムベラで混ぜていく彼は、ふんふんと調子の良い鼻歌を歌うほどには上機嫌だ。
「ご機嫌ね」
「そりゃあね。君とお菓子作りが出来るんだもの」
「わたし、レンジでチョコレラートを溶かしただけよ?」
「それでもちゃんと手伝ってくれてるじゃないか。バットにラップを敷いてくれたし。私一人だと、直前までラップを敷くことを忘れてるところだよ」
「あなた、そういうところあるものね。オーブンの予熱を忘れたり、ね」
「そうなんだよ。そそっかしいってやつだね」
笑いながらヴィンチェンツォはラップを敷いたバットに、チョコレートとよく混ざったコーンフレークたちを隙間無く流し込んでいく。しっかり全面を覆い、絢瀬が丁寧に全体を均す。綺麗にアーモンドのスライスやコーンフレークたちが混ざったチョコレート一色になったところで、ヴィンチェンツォは冷蔵庫に入れる。
これで一時間ぐらいしたら固まってるはずだよ、と告げる彼に簡単に作れるものなのね、と絢瀬は扉が閉められた冷蔵庫を見ながら腕を組む。
「簡単に作れるお菓子も多いんだよ。これぐらいなら、アヤセがひとりでも作れるんじゃないかな」
「そうね。このぐらいのものなら作れる気がするわね」
「さて、冷やしてる間にババロアも作ろうかな」
これも冷やさないとおいしくないから、今日のドルチェにしようと思うんだけれど、どう思う?
ボウルに粉ゼラチンと水を入れながらヴィンチェンツォが絢瀬に尋ねると、素敵なアイデアだと思うわよ、と絢瀬は返事をする。
「おやつはクランチバーでしょう? クランチバーを食べた私でも、食べきれる量のごはんにしてくれると嬉しいわね。そうじゃないと、ババロアが入らないわよ」
「おっと、それはいけないね。今日は時間を遅らせるかい?」
「それでもいいわよ。あなたに任せるわ」
「それじゃあ、ちょっとゆっくり準備をしようかな」
煮込み料理とかなら、たくさん時間をかけられるし、身体もあたたまるからそうしようかな。
夕食のメニューについて話ながら、ヴィンチェンツォは製菓用のチョコレートを割る。ミルクチョコレートをばきばきに砕く彼は、今度は牛乳がいるんだ、と絢瀬に牛乳をとってほしいとお願いするのだった。