秋晴れの空が広がる土曜日。ヴィンチェンツォは仕舞い込んでいた冬用の掛け布団を物置から引っ張り出していた。と、いうのも長く続いた夏の気配がそろそろ去ろうとしていたからだ。
朝晩は流石に二人くっついて寝ているにしても冷えてきた。くっつく口実になるが、それを理由にして風邪をひきたいわけではない。ふかふかの羽毛布団に切り替えようと大きな掛け布団を引っ張り出したヴィンチェンツォは、掛け布団カバーは洗濯していたということを思い出す。
同じ部屋に干しているカバーにそっと触れてみるが、まだまだ乾くまでに時間がかかりそうなしっとり具合だ。かといってわざわざ乾燥機にいれるほどでもない。時間ばかりはたくさんあるからだ。
「乾くまでの間にプランゾの準備をするか……」
今日はパンケーキにしようかな。そう言いながら、ヴィンチェンツォは掛け布団の入った収納袋を部屋の片隅に置く。
リビングに戻れば、タブレット端末を見ていた絢瀬が顔を上げて冬の布団見つかったか、と尋ねてくる。
「もちろんだよ。あとは掛け布団のカバーが乾いたら全部終わりかな」
「そう、それは良かったわ。最近急に冷えてきたものね」
「本当にね。ああ、今日のプランゾはパンケーキのつもりだけど、構わなかったかな」
「あら、おしゃれね?」
「この間、SNSでおしゃれなパンケーキを見てね。私も真似したくなったんだ」
食べに行くのも良いけど、作るのも楽しいと思うんだ。
そう話すヴィンチェンツォは、楽しそうにホットケーキミックスの袋を開ける。控えめに粉をボウルに入れた彼は、冷蔵庫から絹ごし豆腐を取り出す。水を切った豆腐をボウルに入れた彼は、ふんふんと鼻歌を歌いながら豆腐を潰していく。
ぼん、と鈍い音を立てて豆腐がボウルに落ちた音を聞いた絢瀬は、パンケーキを作っているのよね、と思いながらソファーから立ち上がり、ヴィンチェンツォの元に来る。
「豆腐?」
「そう。豆腐を使うとしっとりもっちりした食感になるらしいんだ。その分、粉は減らさなきゃいけないけどね」
「そうなのね。ところで……そのマヨネーズも入れるのかしら」
「入れるんだって。ふわっとするらしいよ」
「想像もつかないわね。あなたが作るんだから、おいしいとは思うけども」
「まずいものにはならないと思うよ」
潰した豆腐の上からマヨネーズ、牛乳、卵を入れるヴィンチェンツォ。オーソドックスなホットケーキの作り方しか知らない絢瀬からすれば、ちょっとした実験のように見える。混ざってしまえば、豆腐もマヨネーズも入っていることなんて微塵もわからない。
アイスクリームにホイップクリームも添えて、チョコレートシロップをかけようよ。楽しげに語るヴィンチェンツォに、甘すぎて食べられないわよ、と絢瀬は苦笑する。君にはフルーツとホイップクリームなんてどうかな、と楽しそうに話すヴィンチェンツォに、絢瀬はホイップクリームは控えめが良いわ、と折衷案を出す。
「分かったよ。フルーツ缶の準備だけしてくれるかい? もう少しで焼き上がるからね」
「分かったわ。いつもの場所かしら」
「うん。いつもの場所にあるよ」
「ホイップクリームはどうするのかしら? 用意した方がいい?」
「ふふふ。既製品のクリームを買ってみたんだ。ほら、売ってるだろう? 絞るだけのもの。あれだよ」
「ああ、あれね。便利そうよね、こういう時に」
「クリームたっぷりのホールケーキを作るとしたら高くつくけど、そうでないなら手間が減るから良いかなって。クリームの泡立てってなかなか時間かかるしね」
「いいんじゃないかしら、その判断」
そんなことを話しながら、ヴィンチェンツォは器用にフライパンの上でパンケーキをひっくり返す。綺麗な狐色に焼けたそれは、たしかにふんわりと膨らんでいるように見える。
そろそろ焼き上がるよ、と告げたヴィンチェンツォに、フルーツ缶を持ってくる絢瀬。プルトップをかこん、と引き上げる。開封された缶から漂うシロップの甘い匂いに、絢瀬は、どうせ余るのだから、ついでにフルーツポンチにしましょうよと提案する。
「素敵な提案だね。フルーツポンチにするなら、もう一つ二つ開けても良いね」
「あら、目的と手段が入れ替わったわね。白玉もあったら良かったわね」
「いいじゃないか、今日のプランゾはちょっと豪華になったってことさ。白玉のないフルーツポンチもフルーツポンチに変わりはないしね」
「それもそうね」
大きめのガラス製の器が棚の下にあったはずだよ、というヴィンチェンツォに、ついでにパンケーキの皿も持ってくるわ、と絢瀬は笑う。そう言われて初めて、ヴィンチェンツォは皿を持ってくるのを忘れたことに気がつくのだった。