「こうも暑いと何も食べる気にならないわね」
「まだ八月入ったばかりなんだけどね……こういう時こそ、アイスを食べて体を中から冷やすのはどうかな」
「あら、素敵だわ……ああ、でも甘いものを食べる気にならないわね……」
「ふふ、それならこれはどうかな」
そういうと、ヴィンチェンツォは水出しのコーヒーをグラスに注ぐ。六割ほど注いだそれを、ソファーの上でくったりとしている絢瀬の前に置くと、アイスクリーム保管用の冷凍庫から一リットルアイスクリームとカレースプーンを用意する。
カレースプーンで掬われたバニラのアイスクリームは、そうっとコーヒーがたたえられた水面に落とされる。少しだけ沈んで、コーヒーで表面を濡らしたアイスクリームが顔をのぞかせる。
柄の長いスプーンをグラスに差し込んで、ヴィンチェンツォはどうぞ、と絢瀬の前にグラスを差し出す。起き上がった彼女は、素敵な飲み物が目の前にあるわね、と微笑む。
「甘くて冷たいわね」
「夏はアイスクリーム食べないとね」
「あなたは夏じゃなくても食べてるじゃない」
「夏はより美味しいからね」
「ふふ、それ、冬も聞いたわよ」
「こたつに入って食べるアイスは、冬の特権だからね」
いつもおいしいってことじゃないの。そう絢瀬は笑いながらアイスをひとすくいする。文明の発展がアイスのおいしさをもたらしたんだよ、と釣られるようにヴィンチェンツォもまた笑うのだった。
ヴィンチェンツォはヴィンチェンツォで、バニラアイスの上にチョコレートソースをたっぷりとかけているものだから、甘いものが苦手な絢瀬は、よくそんなものが食べられるな、と感心してしまう。胸焼けをしないのだろうか、と尋ねようと思ったが、前においしいよ、と不思議そうな顔で見つめられたことを思い返す。きっと今回も同じように戻ってくるだろう。それに思い至り、絢瀬は少し遠い目をしてしまう。
彼女の思考が外に飛んでいることなど、つゆも知らないヴィンチェンツォは、メッセージアプリを立ち上げる。数日前に画像付きで送られてきたメッセージは、絢瀬の妹のものだ。
「ナナミのこれ、私もやりたいんだよね」
「奈々美の? ああ、あのパンケーキね」
「絶対おいしいよ。だって、ホイップクリームにバニラアイスにチョコレートソースだよ? 完璧じゃないか」
「何が完璧なのかはさておいて、だわ……とても甘そうで、あなたが好きそうだなとは思ったわ」
「ホイップクリーム買ってきていいかい? あれがあれば作れるんだけれど」
「その前に食べかけのアイスは食べちゃいなさい」
「分かってるさ! 溶けたアイスほど悲しいものはないからね」
夕飯の買い出しの時に一緒に買ってくるつもりだよ、とにこにこ笑顔のヴィンチェンツォに、わたしの分はいちごにして、と絢瀬は頼む。もちろんだよ、と笑ったヴィンチェンツォは、今日のリクエストはあるかい、と尋ねる。
「さっぱりしたもの、ってなっちゃうわ。酢の物が食べたいし、でも塩っぱいものも食べたい気分だわ」
「いろいろ不足していそうだね? タコとわかめの酢の物と、フライドポテトなんてどう?」
「素敵だわ。フライドポテトがあるなら、わたしお米は控えめがいいわ……」
「わかってるとも。あ、そうだ。お刺身なんてどう? 最近食べてないし」
「いいわね。フライドポテトとは相性が悪そうだけど」
「たまには相性が悪いものでもいいじゃないか。冒険心も大事だよ」
「目に見えてる失敗の罠は踏みたくないわね」
「それもそうだね。じゃあ、タコの唐揚げにするかい? 塩を振ったらおいしいと思うよ」
「そうね。あなたが揚げ物を作ることに抵抗がないなら、それがいいわ」
「私は全然平気だよ」
おいしいものを作ることが嫌だな、って思うことは少ない方だと思うよ。そう笑ったヴィンチェンツォに、絢瀬は手抜きをしたい日だってあるでしょ、と苦笑する。
「そういう日は最初から手抜きだよ。サラダをカット野菜で済ませちゃうし、お金で解決できることはお金で解決しちゃうよ」
「そんなものなのかしら」
「そんなものじゃないかな。洗い物が増えてもいいから、便利な調理道具を使うとかね」
「どの道具が何に使われてるのかすら、わたしはわかってないわよ」
「だと思った」
今度一緒に料理するかい。
そうヴィンチェンツォに話を振られた絢瀬は、少し悩んでから手伝いだけよ、と微笑むにとどめた。それでも十分うれしいよ、とヴィンチェンツォはとびっきりの笑顔を浮かべた。