コーヒーブレイクをして、アオキとペパーは、昔アオキの部屋が現在オウミの息子の部屋になっているため、仏間に荷物を運び入れる。リュックサックとキャリーケースに詰め込んだ荷物を整理しながら、ペパーは緊張した、とアオキに笑いかける。その表情はたしかに緊張したあと特有の脱力感がある。
「そうですか? まあ、母は少しばかりお喋りですが……」
「だって、人の家に上がるなんて、全然したことないし。それこそ、シンオウにいた時に、アオキさんちにたまに寄った時くらいだぜ?」
「そうでしたか」
「それにしても、本当になにも手伝わなくていいのか? オレ、お邪魔してるわけだし……」
「客人はもてなされるものですよ。まあ、どうしても気になるというのなら、なにか手伝えることがあるかもしれませんが……」
「んー……でも、あんまりオレがでしゃばってもよくないのか……?」
うんうんと唸りながら悩むペパーを、本当に慣れていないんだな、と思いながら眺めるアオキ。慣れない畳敷きの部屋の座布団の上で、マフィティフたちも不思議そうにしている。それはアオキがパルデアで捕まえたポケモンたちもそうだった。
しばらくはポケモンたちが家に馴染むのを待つか、とアオキが考えていると、仏間の障子が開かれる。そこに立っていたのはアオキの母・トモミだった。開口一番、彼女はカントーの言葉を投げかけてくる。
『ペパーくんは食べられないものとかある?』
『ないです』
『ならよかったわ! 今日はお寿司にチキンにケーキよ!』
「……ペパーさん。食べきれなかったら、ちゃんと残してくださいね」
「え? お母さんなんて?」
「寿司とチキンとケーキだそうです」
『いけない! ピザもあるわ!』
「……ピザもあるそうで」
「パーティでもやるのか?」
遠い目をするアオキと、きょとんとするペパー。うきうきしているトモミだけが満面の笑顔だ。ふんふん鼻歌を歌いながらキッチンに戻って行くトモミに、ペパーは、はっ、と気がついたように立ち上がり声をかける。
『オレ、手伝うこと、ある?』
『あら! 綺麗なカントー語じゃない! アオキが教えたの?』
「えっと、『授業ですこし。あと、アオキさんにも、教えてもらった。』ええと、『手伝い、したい』」
『手伝いねえ……なら、お皿並べて貰おうかしら! ほら、アオキも! ペパーちゃんだけじゃなくて、あんたも働くのよ!』
『はあ……』
げんなりした様子のアオキとともに、ペパーはトモミとキッチンに向かう。ダイニングテーブルには寿司桶にフライドチキンが十本は詰まっていそうなバーレルがでん、と置かれている。皿はそこの食器棚にあるから、とトモミに指さされた棚に向かう二人。
大小様々な、色とりどりの皿が入っているのに面食らいながら、ペパーはアオキにどの皿を使ったら良いんだろう、と相談する。なんでも良いと思いますよ、と言いながら、アオキは適当な大きさの皿を人数分取り出してペパーに渡す。それを受け取ったペパーは、皿をどこに置いたら良いのかトモミに尋ねると、羊羹を食べたテーブルに並べて欲しい、と言われ、その通りに並べる。
ガーディの散歩から帰ってきたユウイチが、のそのそと先ほどまで座っていた場所に座布団を敷いて座る。ペパーが皿を並べているのを見て、彼はとんとん、と向かいの席を指さす。意図がつかめずに、ペパーがきょとんとしていると、座りなさい、と聞き取りやすい言葉で座るように促す。
疑問符を浮かべながら、ペパーは勧められるがままに座布団を同じように敷いて座る。
「えっと……?」
『アオキは普段、どうしている』
「えーっと……アオキさんの話か?」
『アオキは、普段、どんな仕事をしている』
「ああ! 『アオキさんは、営業、の仕事をしていて……あとは、』えっと、ロトム。四天王とジムリーダーって、」
「ペパーさん。その先は内密にお願いしたいのですが……」
「え? どうしてだ?」
「いえ……ちょっと」
『言えないことでもやっているのか、アオキ』
『そういうわけじゃないですが、言いたくないので……』
もごもごと口ごもるアオキに、不思議そうな顔をするペパー。なによもう、秘密主義ねえ、とトモミはふくよかな体を揺らしながら、ピザが届いたわよ、とローテーブルの真ん中に大皿に移したピザを乗せる。ユウイチとアオキのにらみ合いは、アオキのため息で勝敗がついた。
わかりました、と言うと、アオキはペパーに続けていいですよ、と言う。ペパーはやはり不思議そうな顔をしながら、スマホロトムに四天王とジムリーダーの翻訳をしてもらう。
「えっと、『アオキさん、営業に、四天王に、ジムリーダーもしてて、いつも忙しいんだ』」
『……なに?』
『え?』
『……はあ』
「え、オレなんかまずいこと言ったか?」
「いえ、何も言ってませんよ」
かたまったままテレビのリモコンを取り落とすユウイチと、冷蔵庫の扉をしめた格好のまま動きが止まるトモミ。ペパーはユウイチの向かいに座ったまま、アオキとユウイチとトモミを見比べておろおろとするばかりだ。しかたないだろう。
アオキはため息を吐いて、皿をテーブルに並び終えるとペパーの隣に腰を下ろしてあぐらをかく。降りてきたオウミと息子・タツヤにアオミが、四者四様の姿にどうしたのかと尋ねて、トモミがぐるり、と振り返る。時が動いた。
やっだもう、聞いて頂戴! から始まるマシンガントークに、降りてきたばかりの三人は目を丸くしてから、アオキに本当かと尋ねる。すこぶる、大層、とても嫌々そうな顔をしながら頷いたアオキに、思わず庭先にいた野良ポッポが逃げていくほどの音量で三人が驚きの声を上げる。
『やっだ、嘘でしょ! ちょっと、詳しい話はご飯食べながら聞くから』
『タツヤ。そこの寿司を並べなさい。並べたら、アオキの隣に座っていいから』
『おじさん、すげーんだな! なあなあ! バトル強くなる方法教えてくれよ!』
急ピッチで進む夕食の準備に、だから帰りたくなかったんですよね、とアオキはこぼす。ペパーはごめん、と謝るが、いずれ露見することでしたから、とアオキはその頭を優しく撫でて慰める。
「気にしないで下さい。むしろ、年単位で黙ってきていたので……」
「うーん……家に帰りたくなかったのって、それが理由ちゃんか?」
「それもありますが……まあ、君を連れて帰れば、パーティみたいな食事になるから、君が疲れるのではないかと思ったのもありますね……」
「へへ、優しいな、アオキさんは」
あっという間にリビングのローテーブルにはこれでもか、と料理が並ぶ。おのおの手を合わせて、いただきます、と食前の挨拶をする。慣れたように手を合わせるペパーに、アオキが仕込んだのか、とオウミがイカの寿司に手を伸ばしながら尋ねる。そうですよ、とアオキが頷けば、ペパーがパルデアの言葉で、食べものに感謝する挨拶っていいよな、とピザをワンピースとりながら返事をする。会話が噛み合っているように聞こえるが、ペパーはオウミがなにを言ったのか分からないが、この挨拶は好きだという気持ちを伝えただけである。
もそもそ、と食べ始めた主人たちに合わせて、家中のポケモンたちもおのおのフーズを食べ始める。体格の問題から、外で食べているキョジオーンやトロピウスたちに、タツヤは目を輝かせてかっけえ、とこぼしている。
『なあ、おじさん。あのでっけえ茶色いポケモンはなんていうんだ? そっちの兄ちゃんのポケモンか?』
『ペパーさんですよ。ええ、彼のポケモンでキョジオーンと言います』
『キョジオーン! 強そうだな! なあ、兄ちゃん、あのポケモンかっけえな!』
「え? 『かっこいいだろ! すごく強いんだ。』えっと、キョジオーンのことだよな? アオキさん」
「ええ」
オレのポッポもいつかでっかくなるんだぜ、と食事中のポッポを指さすタツヤに、呼ばれたポッポがぴひょー! と元気にひとつ鳴き声を上げる。元気な声をあげるポッポに、たくましく育ちそうですね、とアオキは頷く。
食べながら喋らない、とタツヤを叱ったオウミは、しかし四天王なあ、と緑茶を啜りながらしみじみという。アオミはジムリーダーと兼ねるなんて聞いたこと無いわよ、とフライドチキンに噛みつきながら呆れたように口を開く。
『そんなに人手が足りてないの?』
『まあ……トップの求める最低ラインが高いのもありますが……資格試験の側面が強いですから、半端な人材ではいけませんし』
『そんなもんか……いや、あんた、さらっと自分は半端な人材じゃないって自己申告してるわよ、それ』
『そうでしょうか』
『はー、やだやだ。ペパーくん、こいつのこと、嫌になったらいつでも捨てて良いわよ』
『え!? いや、アオキさんのほうが、オレに飽きるかも……』
「それはないです」
アオミの発言に少し弱気の発言をするペパーに、すかさずアオキは否定する。間髪入れないその発言の速さに、いつもの長考癖はどうした、とオウミはツッコミを入れてしまう。ペパーは元気そうに笑うから、アオキは兄の発言をスルーして、自分もフライドチキンにかぶりつくのだった。
『パルデアのジムも、こっちみたいに内装凝ってたりするわけ?』
『いえ……だいたいはジムリーダーが考案するジムチャレンジをクリアして、それから街中にあるバトルコートで行う形式なので、ポケモンジム自体はジムチャレンジの受付とジムリーダーや職員たちの事務作業を行う場所ですね。カントーやジョウトのようなシステムではないですね』
『街中でバトル! じゃあ、ジム戦がある、って分かったら人が押しかけてきそうだな』
『まあ……押しかけてくるほど人気があるところは……』
カントー地方とはまた違う形式だと聞いて、オウミとアオミは面白そう、と笑っている。タブレットロトムで動画上がってないかな、と検索を始めるアオミに、ナンジャモさんならアーカイブ動画が上がっているかと、とアオキは思い出したように口を開く。
その隣で、ペパーが恐る恐る鉄火巻きに手を伸ばして、醤油を付けて口に入れる。ぎゅっ、と詰まった魚の肉と、醤油の味がマッチして――そして舌先に走る刺激。
びっくりしてペパーは、ろくに噛みもせずに鉄火巻きを飲み込むと、湯呑みに口をつける。驚いているペパーに、どうかしたかとアオキが尋ねると、寿司に辛いものがあった、とペパーが報告する。
「辛いもの? ああ、わさびですかね」
「わさび? なんか、よくわからねえけど、ピリッとしてびっくりした」
「それ、わさびですね。タツヤの前にわさびのない寿司がありますから、そちらを食べますか?」
「大丈夫! 食べたことないからびっくりしただけで、辛いのがあるって分かれば平気だぜ。それに、あの辛さがあるから、飽きないんだろうし」
次は何食べようかな、と寿司桶をまじまじと覗き込んでるペパーに、好奇心が強いのは両親譲りなのかもしれない、とアオキはフライドチキンの骨を、骨を捨てるように用意された屑入れ(と言う名のバーレルの入っていたビニール袋)に放り込む。
お寿司口に合わなかったかしら、とトモミとオウミが心配するが、もっもっ、と他の寿司に手を伸ばして咀嚼するペパーにそれが杞憂だったと悟る。
アオミが見つけた、とタブレットロトムの画面を見せる。それはナンジャモのジムリーダー戦の切り抜き動画だったから、ペパーが口に入れていた寿司を嚥下して口を開く。
『オレ、アオキさんの動画、あるけど』
『え!?』
『前に、飯の途中でハルト……友達が視察にきて、始まった時に撮ったんだよな。ほら、アオキさん、ネットにあげないならいい、って言ってたやつ』
『ああ……ありましたね……』
その言葉を聞いたアオキの家族たちは、一言一句ずれることなく見せてほしいと口を揃えて言うものだから、ペパーはタブレットロトムに動画を送る。
送られた動画をアオミは開く。ばたばたと屋内バトルコートが広がって行く場所に、ぎょっとする彼らに、そうだよなあ、とペパーは心の中で頷く。誰も昔ながらの食堂がバトルコートになるなんて思わないものだ。
そんな彼らのことをよそに、アオキはこれはチャンピオンの視察ですから正式なジム戦ではない旨を彼らに告げていた。十二インチの液晶の向こうでは、すっかりバトルコートが出来上がっていた。
向かい合う二人のトレーナー。撮影しているスマホロトムから話し声までは聞こえないが、なにか話してからお互いに手持ちのポケモンを繰り出す。ネッコアラとデカヌチャン。ピンクの体にネイビーブルーの巨大なハンマーを抱えている彼女(メスの個体だ)に、アオミはかわいいポケモンだ、と歓声をあげる。
「あのデカヌチャン、めちゃくちゃ強いよな」
「そうですね。『彼のポケモンはデカヌチャンと言って、フェアリーとはがねタイプです』」
『はがねもあるんだ! えー、かわいいな……パルデアに移住しようかな……』
真剣に移住を検討し始めるアオミをよそに、食い入るように他の面々はタブレット画面を見る。画面の向こうでは、ウッドハンマーを繰り出すネッコアラと、デカハンマーを繰り出すデカヌチャンの熾烈で派手な戦いが広がっていた。