巣鴨は手のひらよりやや大きい袋に入った、大きなアメリカ産のマシュマロの袋をハサミで開けていた。彼が立つシンクの前にはココアの袋が置かれており、電子レンジが低い唸り声を小さく上げて仕事をしている。
ちん、と軽い音を立てた電子レンジは、自分の仕事が終了したことを告げる。きたきた、と巣鴨は扉を開ける。そこにあったのは、ほかほかと白い湯気を上げているココアだった。マグカップの取っ手を持った巣鴨はあつあつ、と言いながら電子レンジからマグカップを取り出し、いそいそとその上にマシュマロを二つ並べる。いわゆるマシュマロココアだ。自分用のココアにマシュマロを乗せ、晶のココアにはマシュマロを乗せない。甘いものは巣鴨のほうが得意であるからだ。
余ったマシュマロとココアの入ったマグカップをトレイの上に乗せて、巣鴨はリビングに向かう。掛け布団を被って、こたつにすっかり変身したローテーブルに足を入れた晶が、テレビから視線を外して巣鴨の方に顔を向ける。
はい、と渡されたマグカップを受け取り、晶はもう一つのマグカップに目を向ける。それは巣鴨のマシュマロ入りのココアだった。
「マシュマロもいれたのか」
「いれたよー。だって、やっぱりさ、やってみたいでしょ」
「そういうものか」
「そういうものだよ」
ふうふう、と息を吹きかけながら、巣鴨は少し難しい顔をする。吹きかけられる息は大きめのマシュマロ(パッケージにはメガマシュマロと書いてあるだけあり、なかなか大きく、二つマグカップに入れるとそれだけでココアの水面が見えないほどだ)に当たるばかりで、ココアを冷ます役目は果たしているようには見えない。そして、そのマシュマロは原形をとどめたままだ。そんなマシュマロを見て、巣鴨は眉を潜ませる。
「思ったようにマシュマロが溶けなくてさ……」
「そうか」
「うーん、レンジで牛乳の温めメニュー使ったからかなあ」
「温度が足りてないのかもな。飲みやすい温度と、マシュマロが溶ける温度は違うということだろう」
「あー、それありそう」
次はもう少し温度高くするかな、と言いながら巣鴨はココアを啜る。鼻の下にあたるマシュマロが邪魔そうで、表面をココアに染めただけのそれを指で摘んで口に運ぶ。
やっぱり溶けたマシュマロが食べたいよなあ、と言いながら立ち上がった彼は、マグカップを手に電子レンジに向かう。どうやら、軽く温め直すつもりらしい。
そんな巣鴨を目で追っていた晶だったが、置き去りにされたマシュマロの袋から、一つマシュマロをつまみ上げる。ふかふかしているマシュマロを指先で潰したりしながら、晶は口の中に放り込む。
口の中に広がるゆるい甘さと、存外しっかりとした食感。意外とマシュマロは歯応えがある、と晶はもちゃもちゃと小さく噛みちぎってはココアと嚥下する。思わず眉をしかめる程度には甘く、ココアだけでよかったな、と思ってしまう。
ちん、と高らかに温め終わりを告げる音がして、晶が電子レンジの方を見ると、巣鴨が熱そうにマグカップを抱えてこちらに向かうところだった。
「あっつ!」
「熱そうだな」
「温めすぎたかも! めっちゃ熱々! でも、そのおかげでいい感じにマシュマロが溶けてる!」
結果オーライだね、と笑う彼に、そうか、と晶はココアを啜りながら返事をする。
少し溶けたマシュマロを持ってきたスプーンでココアに馴染ませながら、巣鴨は甘くなりそう、と笑う。
「だろうな。マシュマロは水飴が原料だからな……」
「それは甘いなあ。もしかして、普通のココアにマシュマロって、結構甘すぎた?」
「さあな」
「純ココアだと甘くないから、普通のココア買ってきたけど、マシュマロ入れて飲むなら純ココアにするべきだったかなあ」
うーん、と悩み始めた巣鴨に、ココアを積極的に消費するのは雄大だろう、と晶は空になったココアの入っていたマグカップをテーブルに置く。となるとやっぱり甘くていっか、と巣鴨はマシュマロが溶けたココアに口をつけて――あま、と叫ぶ。予想以上に甘くなってしまったらしいココアに、巣鴨はこれはこれで幸せだなあ、ととけた笑顔を浮かべる。
「寒い日にココアって最高だよねえ」
「そうかもな」
「あ、そうだ。晶ちゃん、たしかうちってクラッカーあったよね」
「あったはずだが」
「あれ使ってさ、スモア作ろうよ! スモア!」
「なんだ、それは」
「クッキーとかビスケットとかでマシュマロをはさんで焼いたやつ! オーブントースターであっためるだけでも大丈夫だと思う!」
ようはマシュマロに火を通して柔らかくして食べるものだからさ。
そう力説する巣鴨に、晶はそうか、と頷くと探してくるとこたつから抜け出す。がさがさとお菓子置き場になっているカゴを少し漁っていた彼女は、すぐに目当てのクラッカーを見つけたらしく戻ってくる。しれっとオーブントースターのトレイと、一枚切り離したオーブンシートをトレイに敷いて持ってきた彼女に、じゃあ作ろっか、と巣鴨は目を輝かせている。
クラッカーの上にマシュマロを並べて、その上からクラッカーを置く。ふかふかしているマシュマロの上にクラッカーをバランスよく並べたふたりは、慎重にトレイを持ち上げてオーブントースターに放り込む。何度で焼くんだ、という彼女に、トーストを作るぐらいの温度で大丈夫じゃないか、と巣鴨が温度調整のつまみを操作する。とりあえず十分焼くぞ、と晶がタイマーのつまみを回すと、オーブントースターがじじじ、と仕事を始める。
「あとは焼き上がるのを待つだけ!」
「手軽だな」
「本当にね。この焼き上がる時間が待ち遠しいなあ」
「そんなに腹が減っていたのか? 夕飯の量が少なかったか」
「そうじゃないよ。ほら、言うじゃん。甘い物は別腹ってやつ」
「そういうものか」
「そういうものだよ」
マシュマロが溶けきったココアを飲み終えた巣鴨が、自分のマグカップとすでに空になっていた晶のマグカップを貰ってシンクに向かう。率先してマグカップを洗いに行くものだから、焼き上がりが本当に待てないんだろうな、と晶は考える。普段ならマグカップに水を張って戻ってくる彼が、そのまま洗っている姿を見ながら、晶は適当にテレビをザッピングする。
めぼしいテレビ番組があるわけでもないものだから、最初につけていた公共放送の教養番組に戻した晶に、面白い番組あったかと巣鴨は尋ねる。特になかったと話す彼女に、そっかあ、とこたつに潜る巣鴨。ちょうど両足をこたつに潜り込ませたところで、オーブントースターが仕事を終えたことを知らせてくる。
「焼けた! とってくる!」
「助かる」
しゅばっ、と俊敏な動作でオーブントースター前に向かっていった巣鴨は、トースター用のミトンを両手に装着し、鍋敷きを小脇二抱えてオーブントースターの蓋を開ける。とくに焦げ目がついているわけではないが、熱がしっかり通って柔らかくなったマシュマロは、その柔らかい体を頭に乗せたクラッカーの重みで少しばかり崩している。
美味しそうにできたよ、と言いながら、トースターのトレイを持ってきた巣鴨に、晶は近くにあった新聞紙を掴んでその上にトレイを乗せるように言う。言われるがままに置いた巣鴨は、いそいそとミトンを外してスモアを掴む。
ふにふに、と軽くマシュマロを潰してから口に運ぶ。熱々になっていたマシュマロに思わず、あっつい、と声を上げる。一息に食らってしまったから、口から出すわけにもいかずに巣鴨はなんとか嚥下すると、みず、と慌てて水を取りに行く。
そんな彼の様子を見ていた晶は、少しだけマシュマロをクラッカー越しにふにふにと潰してから、少しだけ齧るに留め、甘いな、と溢すのだった。