スマートフォンを触っていた巣鴨は、できたよ、と言いながら仰向けだった身体を起こす。上半身を起こした彼の目の前にはカップうどんの容器が鎮座していた。
向かいに座る晶が、そうか、と言いながら大手メーカーのカップうどんの蓋を剥がす。同じように蓋をぺりぺりと剥がしながら、今年も一年楽しかったねえ、とメガネを外して巣鴨は笑う。それならいいが、と晶は箸で軽く麺をほぐしてから持ち上げる。
向かい合わせにこたつに入っている晶と巣鴨は、歌番組を流しているテレビを時々見ながら日付と年が変わるのを待っているのだ。
「あれ? 晶ちゃんは楽しくなかった?」
「楽しかったが。いや、今まで一緒にいて楽しかった、と評されたことがあまりなくてな」
「そうなの? 俺は楽しかったけどなあ」
「それなら良かった。私も楽しかった」
ずるずるとうどんをすすりながら、巣鴨はピンクブラウンの髪をいじる。落ちてくる髪をヘアクリップで止め直しながら彼は、俺に合わせてうどんにしなくて良かったんだよ、と口を開く。
「俺の家はさ、ちょっと太めに長く、って蕎麦よりうどんにしてるけど、別に蕎麦が食べられないわけじゃないしさ」
「面白いと思ったから付き合っているだけだ。私は別に蕎麦でもうどんでも変わらんと思っているが」
「まあ意味はそんなに変わらないよね。蕎麦よりちょっと太い分、なんかお得感あるしね、うどんのほうが」
「……そうかもしれないな」
「ちょっと考えたよね!?」
んもう、と言いながら、巣鴨は汁をよく吸ったおあげにかぶりつく。おあげっておいしいよねぇ、と膨らんだおあげの汁だけを吸いながら、巣鴨は目を細める。そうだな、とおあげを噛む晶の手元には、だいぶ麺の量が減っている。晶ちゃん相変わらず食べるの早いよね、と言う巣鴨はまだ半分ほど麺が残っている。
急いで食べなくていいぞ、と晶が言えば、俺急いで食べると太るから、とへへ、と笑いながら巣鴨は言う。
「すぐ贅肉になるんだよなあ。晶ちゃんみたいにさ、筋肉になってほしいんだけどな」
「運動するか。リングフィット、最近サボっているようだしな」
「うっ。そろそろやります……」
「ボクシングの方もな」
「ううーん、家で簡単にやれる運動なのに、どうしてやる気が起きないのか不思議だよねえ」
「後回しにしているからじゃないか? 最近はポケモンやるためにテレビに繋げていないしな、スイッチ」
「あー、それはあるかも」
テレビに常に繋いでおいたら、やるかもしれない。
ぐっ、と気合い充分な顔をした巣鴨に、テレビをSwitchの画面に切り替えるのが面倒くさいと言っていたのを晶は思い出す。見た目の割に優しいところのある――もしかしたら、指摘が面倒だっただけかもしれないが――晶は期待している、と言いながら残った麺を口に運ぶと、汁を啜る。
塩分過多だって分かってても飲んじゃうよね、とその様子を見ながら巣鴨は笑う。それに対して、うまいものは味が濃いからな、と晶も頷く。
「そうなんだよねえ。おいしいものって味が濃いよねえ。ラーメンもそうだし、ポテトチップスもそうだし」
「そうだな」
「この間飲んだいちごのお酒も味が濃かったよね。凄いいちご! って感じでさ」
「ああ、あの果肉が入ったあれか」
「そうそう! ちょっと奮発したけど、いい買い物だったと思うんだ」
普段飲まないけど、好きな味のお酒が手に入るっていいよねえ。そう言いながら巣鴨は、あれって飲み切っちゃったっけ、と首をかしげながら残りわずかになった麺を口に運ぶ。飲みきったはずだが、と晶が思い出すように目線を天井に向ける。おいしかったもんね、と言いながら、巣鴨はぐいっと容器の汁を一気に飲む。
空になったカップうどんの容器を、晶の分も回収しながら立ち上がる巣鴨。シンクに置いて、容器に水を張った巣鴨は、冷蔵庫を開ける。開封した酒の瓶が無いことを確認した彼は、年越しまで冷やしていた缶チューハイを二本手に取ると、つまみにとスナック菓子の袋を手にしてこたつに戻ってくる。それを見た晶は、悪くないな、と巣鴨が持ち込んだ酒を受け取り、缶のプルタブを開ける。
「年末だからね! 年越しは一大イベントだよ!」
「そんなものか」
「そんなものだよ。ポテチをパーティー開けしちゃうぞー」
「どうぞ」
「いやー、昨日飲んだお酒に比べると値段はずっとリーズナブルだけど、おいしいもんね、缶チューハイも」
「そうだな。缶チューハイには、企業努力を感じさせる味がある」
「わかるなあ、それ」
安くて安定しておいしいって大事だよね。そう笑いながら巣鴨は晶の持つ缶に、自分の持つ缶をかつんと軽くぶつける。かんぱーい、と楽しそうに笑う彼に、晶も小さく乾杯、と頷く。
安くて安定しておいしい缶チューハイは、値段相応の味とアルコールを口いっぱいに広がる。二人はそれに舌鼓を打ちながら、うすしお味のポテトチップスを摘まむ。二枚まとめて口に運ぶ巣鴨と、一枚ずつ口に運ぶ晶は、テレビから聞こえてきた話題のヒットチャートに顔をそちらに向けるのだった。