仕事帰り、巣鴨は駅ビルの本屋にいた。仕事で必要になりそうな本を見に来た……と言うわけではなく、単純にハマっている漫画の最新刊を買いに来たのだ。
早々に目当ての漫画を買った彼は、どうせ駅ビルに来たのだから、とウィンドウショッピングに勤しむ。もとより買い物が好きな彼である。メンズブティックの新作を見ては、これは晶ちゃんだな、と溢したり、自分にあてがっては何か違ったようで什器に戻す。
いくつかの店を見て回った巣鴨は、百円ショップに足を伸ばす。手帳向けの小さなシールを見ながら、そういえば、といつかの会話を思い出す。そういえばツナ缶がそろそろなくなると言うものだった。こういうことは、本当に関係の無いことをしているときほど思い出すものだよなあ、と苦笑してしまう。実際、ツナ缶とは関係の無い、手帳向けのシールを見ているときに思い出したのだから。
一度思い出してしまうと、どうしても気になってしまうものである。巣鴨はピンクブラウンに染めた、前に垂らした左側の髪を触りながら、自宅の最寄り駅にスーパーがあったな、と頭の中で地図を思い描く。やることが決まれば、あとはそこに向かうだけである。巣鴨雄大という男は、ひとつの物事を決めるとすぐさま行動する男なのだ。
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フルフェイスヘルメットを被り、本条晶はバイクを飛ばしていた。風を切って青信号を進んでいきながら、晶は二つ先の信号が赤信号に変わりそうな様子を確認すると、少し速度を緩める。
目論見通り赤信号で綺麗に停車したバイクに跨りながら、晶は今日は職場の近くにあるスーパーでツナ缶を買い込んだから、夕飯はツナのサラダとビーフシチューにしようと献立を考える。三寒四温とはこのことと言わんばかりの気温差で、天気予報でも冷え込むことが示唆されていたのだ。
献立を立て終わると同時に、青信号に切り替わる。ハンドルを握り直して、晶はレザージャケットに身を包んだ体を少し前傾に取り直すと、バイクを走らせるのだった。
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「ただいま晶ちゃん!」
「おかえり」
「やっぱり天気予報の言った通りだね。夜になったらやっぱり寒くてさ、コート持って行って良かったよ。カーディガンだけだったら、寒くて震えてたと思う」
「そうか。寒いだろうと思って、今日はシチューにしたぞ」
「本当!? 嬉しいなあ」
あ、あとね。ツナ缶買ってきたよ。この間なくなった、って言ってたでしょ。
おつかいしてきたよ、と満面の笑顔で告げる巣鴨に、晶はコンロにかけている鍋から目を離して巣鴨を見る。そうか、と言って、少し間を置いてから、私も買ってきた、と返す。
その言葉と言葉の間に、巣鴨は保存食をまとめて置いている棚に、カバンの中から取り出した有名メーカーのツナ缶を入れようとしていた。既に入っていたプライベートブランドのツナ缶を見て、巣鴨はヘソを曲げることもなく、同じこと考えていたんだねえ、とニコニコ笑っている。
「こうさ、一緒のこと考えてたんだなー、ってのが分かると楽しくなってくるね」
「……そうか?」
「そうだよ。似てきたな、って思っちゃうな、俺は」
「雄大が気にしてないなら構わんが」
「……晶ちゃんは嫌だった?」
「……嫌と考えたこともなかったな」
シチューが焦げ付かないよう、木べらで底からかき混ぜている晶は、顎先を指先でかきながら答える。誰かと考えていることが似るなんて考えたこともなかったし、それが巣鴨と同じことを考え、行動していることに嫌な気分にはならない。彼の言う楽しい、というのもまた違うが、少なくともマイナス感情はなかった。
正直にそう伝えれば、きょとんとしていた巣鴨だったが、メガネ越しに目を輝かせて、それならよかった、と喜ぶ。
「嬉しいなー、嫌な気分じゃないならそれで!」
「そうか」
「そうだよぉ。あ、晶ちゃん、お皿出すね」
「助かる。飯も炊けているはずだ」
「じゃあ、ご飯もよそっちゃうね」
「ありがとう」
「どういたしまして!」
深皿を二枚食器棚から用意した巣鴨は、それを晶に渡す。それを受け取った晶は、コンロの火を止める。彼女が深皿にシチューをよそっている間に、巣鴨は炊飯器の蓋を開ける。
むわっ、とたちのぼる湯気の向こう側で、つやつやとした白米が顔を覗かせている。おいしそう、とにこにこの笑顔を浮かべて、巣鴨はしゃもじで全体をかき混ぜて茶碗に炊き立ての白米をよそう。
ツナサラダをテーブルの真ん中に置き、シチューの入った深皿と白米。夕飯がこたつ用のローテーブルの上に並ぶと、二人は向かい合わせに座椅子に腰を下ろして、食前の挨拶をするのだった。