巣鴨雄大はおかゆは苦手、というのを本条晶が知ったのは、同棲を初めて少ししたくらいだった。
晶は風邪も引かなければ、ワクチンの副反応も引くことがない元気な体質なのだが、巣鴨はそうてはないらしい。いつも元気な子犬のような恋人が、満員電車で拾ってきたらしい風邪は、あっという間に熱を出すようなものになっていた。
解熱剤飲んで大人しくしてる、と鼻を啜りながらベッドに引きこもった巣鴨を見送った晶は、今年は何回熱を出すかな、とのんびり考える。意外と体が強くない巣鴨は、年に何度か熱を出すのだ。
しかし、巣鴨が楽しみにしていた新作映画の封切りが今日からなことを考えれば、本人はそれどころではないだろう。土日で熱が下がれば、平日のレイトショーで見に行こうとあとで提案しよう、そう考えて、晶はこたつから出る。
熱を出した巣鴨が食べたがるものは、いつだってりんごをすりおろしてとろみをつけたものだ。りんごはちょうど切らしているから、買いに行く必要がある。
ついでに自分の昼も買いに行くか、と二階の自室に引きこもっている巣鴨に声をかけて、晶はダウンジャケットを着込んでエコバッグ片手に外に出る。玄関を施錠すると、ちょうど寒風が抜けていく。ジーンズの足と、襟足を短くしている首が身震いするほどの冷たい風に、うどんで温まるか、と乾麺のうどんを買うことを晶はのんびりと考える。
バイクに乗るか悩んで、たまには歩くかとのんびり歩き始める。ベッドでゴロゴロしていた巣鴨は、解熱剤の効果もあってそれほど辛そうにしていなかったのもある。
しばらくも歩けばスーパーマーケットが見えてくる。店内用、と書かれたカゴを手に売り場に向かう。生鮮食品が並んでいるコーナーでりんごを二つカゴに入れてから、もう一つカゴに入れる。すりおろす予定の分とは別に、りんごをうさぎの形にしてくれ、と毎回言われるのを思い出したからだ。病人の鉄板だよ、とは巣鴨本人の発言だ。
私も甘いな、と思いながら晶は自分用に乾麺のうどんを一袋カゴに入れる。麺つゆをはじめ、今緊急でいるものは特にないな、と冷蔵庫の中を思い出しながら、晶の足はゼリー飲料が並ぶ飲料コーナーに向かう。
目についたゼリー飲料を一つ二つとカゴに入れて、ついでに巣鴨が好きな炭酸飲料もカゴに入れる。二リットルの飲み物が入ったことで重さを増すカゴに、晶はバイクで来るべきだったな、と過ぎたことを反省する。
並んでいるレジで会計を済ませ、エコバッグに商品を詰める。肩に荷物をかけて外に出ると、今から販売を始めるのだろう、クレープの移動販売車が駐車していた。元気になったら巣鴨と来るか、と考えた晶は車に貼られている来店予定日をスマートフォンのカメラ機能で撮影する。直近では来る予定はなく、しばらく先になりそうだった。
重い荷物をさげて自宅までのんびり歩いて戻り、玄関を開ける。扉を閉めて施錠し、靴を脱ぐ。ちょうどトイレから出てきた巣鴨が、おかえり、と少し気だるそうに挨拶をする。目病み女に風邪ひき男とはよく言ったものだな、と晶がぼんやり考えながら、ただいま、と返事をする。
「りんご、買ってきたぞ」
「やった! すりおろしたやつと、」
「うさぎだろう。作るから、部屋で寝ていろ」
「わかった! でも、薬が聞いたみたいで元気なんだよなあ」
「切れたら熱がぶり返すぞ」
「そうなんだよねえ」
大人しく寝てるか……とぶつぶつ言いながら、階段を上がって部屋に戻っていく巣鴨を見送り、晶はキッチンに向かう。冷蔵庫にジュースとゼリー飲料を放り込み、うどんをシンクの上に置く。
早速りんごをすりおろすために、軽く水で洗う。皮をしゅるしゅると剥いていき、端から端まで剥いてしまうと、今度は芯を取り除くために二つに切る。芯を除いたりんごをすりおろし器ですりおろす。
指先まですりおろさないように気をつけながら、丸々一つ分りんごをすりおろすと、それを小鍋に入れる。水を入れて全体が温まるようにかき混ぜる。
何度見ても離乳食みたいだ、とのんびり考えながら、煮詰まったそれを皿によそう。猫舌の巣鴨のために、少しだけ冷ましてから、晶はトレイに器を乗せてキッチンを後にする。
階段を上がり、巣鴨の部屋にノックして入る。本人は元気そうで、ベッドの上でタブレット端末を立ち上げて動画を見ているものだから、りんごはいらなかったか、と冗談を晶がいう。
それを聞いた巣鴨は、慌ててタブレット端末を閉じて振り返る。メガネがないから見えていないのだろう、細めた目をしたまま、ピンクブラウンの髪を乱したまま彼は少し掠れた声で反論する。
「いるよお! 晶ちゃんもそんな冗談言うんだね」
「たまにはな」
「やっぱり体調悪い時はこれだよねえ。うさちゃんりんごは?」
「一度にそんなに食べられないだろう。夕食の時に持ってくる」
「うーん、否定できない」
元気じゃない時って、食べられそうだって思ってても食べられないからなあ。掬ったすりおろしりんご煮に息を吹きかけながら、巣鴨はぼやく。すりおろしたりんごを嚥下しながら、おいしい、とぽやぽやした笑顔を浮かべる彼に、そうか、と晶は頷くに留めるのだった。