本条晶はクラスの王子様だった。
過去形なのは、彼女はもう卒業しているからだ。彼女、という事から分かるように、女性だ。それでも、彼女はクラスの王子様だった。もしかしたら、学年の、かもしれない。
短く切り揃えられた黒髪。ショートボブのような、漫画にあるような、男装の王子様なんかよりも、もっとずっとボーイッシュな髪型に、鼻のあたりに薄く散ったそばかす。おでこを出すように短い前髪に目は大きく、ぱっちりしているものだから、そこだけが女性的だった。
声は男子のように低くて、背だって男子のように高い。すらりと、というよりはがっしりとした体つきだった。筋肉と骨でしっかりと支えられた体は、男の子よりも男性的で、ブレザーのスカートが似合わなかった。
頭は良くて運動もできる。ぶっきらぼうなところすら、彼女の魅力を引き出しているようにすら見えたのは、ティーンエイジャーだったからか、思い出補正か。
無骨な男性的な体をした彼女のことを思い出したのは、届いた同窓会の手紙のせいだった。はじめての同窓会に出席するか迷って――出席に丸をつけて返送したのがしばらく前。そして、今日が同窓会の日だ。
少しだけおしゃれな格好(レースのカーディガンに青のワンピースを合わせただけだ)をして、会場に向かう。ホテルの宴会場を借りたそれは、御宴席利用の欄に学校名とクラスが入っててすこしくすぐったさがある。フロントカウンターで会場へ繋がるエレベーターを聞いてからエレベーターホールに向かうと、そこには見覚えのある顔がぞろぞろといた。
かつてのクラスメイトたちと近況を話しながら、会場に向かう。立食形式だから、好きなものをつまみながら他愛のない話をしていると、話がクラスの王子様の話へと向かっていく。大学は県外を選択した彼女は今何をしているのか、という話をしていたとき、ちょうど入口が騒がしくなる。
なんだろうか、と仲の良かったクラスメイトたちと振り返ると、そこにいたのは大柄な人物だった。髪を短く切りそろえていて、筋肉質な人物だった。
「ねえ、あれ、本条さんに似てない?」
「たしかにそうかも」
「本庄さん、あんなに背が高かったっけ」
「伸びたのかも?」
「ありそー」
そんな話をしていると、入口にいた背の高い人物が会場の中に入ってくる。会場中央付近で話していた私達からは、よく見えた。その人物は目が大きくて、背がやたらと高くて、ジャケットがよく似合う人物だった。男子たちに、前よりデカくなってないか、という質問を受けている人物は、そうかもしれん、とぶっきらぼうに返事をしていた。
男顔負けに低い声。記憶に残るその声は、たしかにクラスの王子様であった本条晶その人だった。
「本庄さんだ。なんかお洒落な格好だね……?」
「たしかに……本庄さんってお洒落する人だっけ」
「私一緒に出かけたことないからなあ……」
「聞いてみるとか?」
「そうする?」
「そうしよっか」
そんな話をしながら、入口から動く彼女を目で追う。当時、運動部を掛け持ちしていた彼女は、当時の部活の仲間から話しかけられている。親しげに話しかけている彼ら彼女らの輪に加わるか、こちらも仲間内で話しながら、結局近寄っていく。
それもそうだろう。私たちのグループは彼女とあまり接点がなかったから、話しかけるのに不自然ではないのを装いたかったのだ。そんなこと、王子様には関係ないことでも、だ。
幸いなことに、王子様に話しかけているメンバーの中には私の友達がいた。ありがたいことだ。意を決して、私は本庄さんに声を掛ける。
「あ、ええと……本庄さん、だよね?」
「ああ。本庄だが」
「よかったー! 違う人だったらどうしようかと」
「そうか」
相変わらず淡々と低い声で返事をする彼女に、会話が途切れないように私たちは話しかける。周囲の人も彼女と私たちの話に入ってくれるから、だいぶ会話が賑やかだ。
そして私は口火を切った。
「そのジャケットお洒落だね。すごく似合ってる!」
「ああ、これか。今日の学校は雄大が選んでくれたものだな」
「雄大?」
初めて聞く名前に、私たちはきょとんとするしかなかった。クラスの男子にそんな名前の生徒はいなかったはずだからだ。
私たちが困惑していると、ああ、と合点がいったように彼女は一つ頷く。彼氏だな、と彼女が告げるものだから、私たちはオウム返しに返事をしてしまう。関東に出た彼女に彼氏ができるのは予想がつかないわけではないが、なんというか、男よりも男らしい彼女の見た目で彼氏と言われると違和感がある。いや、まあ、彼女と言われても反応に困るには困るのだが。
「彼氏さんかあ。お洒落な人なんだね」
「そうだな」
「写真はあるの?」
「あるが」
「見たいなあ?」
「私も見たい!」
「? そうか」
不思議そうな顔をした本庄さんだったが、スマートフォンを操作して画面をこちらに見せてくれる。そこに写っていたのは、ピンクブラウンに染めた髪をきちっとセットした、メガネをかけた男性だった。
こちらに目線を向けて、ペットボトルを左手に握っている彼は、右手でポーズを取っている。服は白いシャツの上から紺のニットベストだろうか。腰から下は見えないが、清潔感がある格好だ。ニットベストの胸元にワンポイントが入っているものを選んでいるのもお洒落だ。人に会うならお洒落な格好をさせたかったのだろうか。自分の恋人だというマーキングのつもりなのだろうか。とんでもない執着を感じる。
そんなことを私が考えていると、服装を考えるのが面倒だからこういうときに助かる、と話す彼女に、周りは割れ鍋に綴じ蓋かよ、と笑っている。私は周りの笑い声に混ざろうと、はは、と乾いた笑い声をあげるばかりだった。