シャワーでキメの細かい泡を生み出したことに満足した巣鴨は、うきうきと湯船に体を沈める。ボディーソープでしっかりと体に泡をまとわりつかせ、きれいにした体に泡が再度まとわりつく。ふわふわでもこもことした泡をかきわけて湯船に体を沈めると、下半身が暖かい湯に包まれ、上半身が泡に包まれる不思議な感覚に包まれる。
それが面白くて、巣鴨はすくいあげた泡を吹いてみる。ぶふーっ、と強く吹きすぎたからか、泡は彼の思ったように飛ばず、ただ手のひらの上で泡の形を崩すばかりだった。それすらも面白いのか、ふへへ、と笑いながら、泡を肩や腕に乗せると、はたと思いついたように巣鴨はバスルームの扉を開く。泡まみれの下半身をバスルームに残して、上半身だけ外に出した彼は、わずかに洗面所の扉が開いていることを確認して口を開く。
「晶ちゃーん! おふろはいろ!」
晶を呼ぶ。わくわくしながら巣鴨は待っているが、やはり寒いのか首だけを外に出して胴体はバスルームにひっこめる。
しばらくあって、晶が洗面所の扉を開ける。呼んだか、と尋ねた彼女に、呼んだよ、と告げた巣鴨は、にこにこ顔でお風呂はいろ、ともう一度告げる。その言葉に少しだけ考えた晶は、顎先を指先で二、三度ひっかいてから狭くなるぞ、と事実を告げる。
「別にいいよ。それよりさ、泡風呂面白いよ」
「そうか」
「本当にあわあわしてるんだよ。じゃあ、俺、寒いから戻るね」
「ああ」
いそいそと浴槽に戻った巣鴨は、暖かい湯に体を浸して息をつく。ちょうどそのとき、服を洗濯機に放り込み終わった晶が扉を開けて浴室に入ってくる。シャワーで汗を軽く流して、リンスインシャンプーで髪を泡まみれにすると、そのままボディータオルでボディーソープを泡立てた彼女はそのまま体を洗い始める。しなやかについた筋肉と頭部が泡で覆われて、シャワーで洗い流されていく。
ぶるぶると髪についた水をふるい落とした彼女に、相変わらず早いよねえ、と笑いながら巣鴨は少しだけ体を詰めて彼女が入れるだけの空間をあける。あいた空間に体を滑り込ませた晶は、そのまま腰を下ろす。
ざぱあ、と流れそうになる湯と泡を、晶と巣鴨は伸ばした腕を湯船の淵に乗せて、湯こそ逃がしても泡を取り押さえる。もったいないよねえ、と笑いながら取り押さえた泡を巣鴨は手のひらで集める。三角座りをして立てた膝の上に泡を乗せた巣鴨に、晶はそうだな、と同じように取り押さえた泡を巣鴨が乗せた泡の上に乗せる。
「なんで乗せるのさぁ」
「乗せてほしそうだったからだな」
「ええー? そんな顔してた?」
「ああ」
「うそだぁ。適当いってるでしょ」
「そうだな」
「どっちなのさあ」
手のひらに載せた泡を湯船に戻しながら巣鴨が笑うと、無表情ながら晶は面白いものを見たように薄く表情を緩める。向かいあって座る二人の体は湯船に敷き詰められた泡のせいで見えないが、肌と肌がぶつかる感覚に、おや、と巣鴨は視線を下ろす。見おろしたところで、メガネが無ければ強い近視の彼ではなにも見えないのだけれども。
足のようなものが触れているような感覚がするし、湯が何かが動くのに釣られるように動いているのを感じる。巣鴨自身は動いていないのだから、動いているとすれば向かい側に座っている晶だろう。泡風呂に浸かりながら、指先にまとわりつく泡を湯の中に戻しては、またまとわりつかせるという、虚無の動きをしている彼女を見ながら、むっつりだったりしないよね、とジト目で巣鴨は思わず口にする。
それを聞いた晶は、オープンよりマシじゃないか、とけろっとした様子で返事をする。
「やっぱり晶ちゃんじゃん! めちゃくちゃ俺の足に触れてきてるよね!?」
「そうだな」
「んもー。すんなり一緒にお風呂に入ってくると思ったらこれだよ!」
「不満か」
「不満って言うか、結構堂々としたセクハラ行為にびっくりだよ、もー」
ぎりぎり股間に触れないラインで、晶の足は太ももの付け根に足先を入れてくる。んもー、と言いながら巣鴨はくすくす笑ってから、ゆだっちゃうから俺もうあがるよ、と湯船から体を引き上げる。バスタブから出て、上半身についた泡をシャワーで洗い流す巣鴨を見ながら、晶は湯量の減った湯船に体を滑らせ、立てた膝を湯の外に出しながらも肩口まで湯に浸かりながら、巣鴨にシンクの食器を食器棚に戻しておいて欲しいと頼む。
分かったよ、と言いながら風呂をあとにする巣鴨を見送り、晶は首に触れる泡を払うように体を持ち上げる。湯船の外に立てた膝と上半身を出して、まとわりつく泡を手で剥がしながら、晶は泡風呂のなにがそんなに楽しかったのかをあとで雄大に聞いてみるか、と考えるのだった。