アオキは自分の恋人が嫉妬深いことを知っている。恋人が喧嘩をした翌日に食卓で、本音を言うなら女性の同僚といることすら嫌だ、と甘えるように言ってきたことは記憶に新しくはない。もっとも、アオキは複数の仕事を掛け持ちしているから、女性の同僚をともにしないというのは物理的に無理なのだし、恋人であるペパーもそれはよくわかっているのだけれども。
それはそうとして、チリさんともポピー、チャンプルジムの職員とも二人っきりになってほしくない。アオキさんは格好よくて、優しくて、頼りになるから、すぐにみんな好きになっちゃうから――そうはじめて喧嘩をした日に、泣きじゃくりながら言ってきたのは記憶に新しくない。アオキとしては、欲の薄い恋人の重症な嫉妬がたまらなく愛しいと思うばかりなのだけれども。
今日も今日とて、ペパーはアオキのスーツのスラックスとジャケットに消臭除菌スプレーをして、クローゼットにしまいながら、ポケットをまさぐる。中に水商売の名刺やライター、マッチ箱がないことを確認する。自分よりも魅力のある誰かにアピールをされていないことにほっとしながら、ペパーはアオキの待つリビングダイニングに向かう。
一升炊きの炊飯器から茶碗に山盛りご飯をよそっているアオキに、相変わらず大食いちゃんだな、とペパーはにこにこするばかりだ。にこにこと上機嫌な――今日も浮気の種と出会わなかったことを喜ぶ彼に、アオキはあなたの飯がうまいものですから、といつもより気持ち穏やかな無表情で返事をする。
「贅肉がついてしまって、あなたに嫌われてしまわないか、そればかりが心配です」
「アオキさん痩せてるから、もうちょっと太ってもいいと思うぜ?」
「そうでしょうか」
「そうだって。アオキさんは太ったほうがいいって!」
「それなら、今日もたくさん食べます。腹が減っているので」
「へへ、たーんとおあがりちゃん!」
ペパーがにへら、と笑ってダイニングテーブルにつくと、アオキも薄く笑って向かいの椅子を引く。カントー式に手を合わせて、二人が食事を始めると、手持ちのポケモンたちも食事を始める。今日もちゃんとまっすぐに帰ってきました、と報告をするアオキに、ペパーはちゃんと帰ってきてえらいちゃんだぜ、と褒める。
「あなたもまっすぐ帰ってきましたね」
「へへ、ちょっとスーパー寄ってきたけどな」
「ええ、知っています。今日はタイムセールでしたからね」
「そうなんだよなー。今日のハヤシライスとじゃがいもとベーコン、安売りのやつなんだよな」
「そうなんですね」
買い物上手で美人な恋人を持つことができて、自分は幸せものですね。そうアオキは微笑ましいものを見る表情で告げる。
アオキのスマホロトムにも、ペパーのスマホロトムにも、互いの位置情報を送受信するアプリを入れている。これは、最初に大喧嘩をしたときに着地点としてアオキが提案したことだった。お互いに相手が浮気をしていないか不安ならば、位置情報を交換しましょう――そうして始まったことだ。ランチタイムに外食をする事が多いアオキは、自分が位置情報などを付与した写真をメッセージアプリで送信して、今日は一人でどこの店に食べに来ている、と連絡をしている。ペパーはペパーで、友人のハルトやチャンピオン・ネモ、ボタンたちと食べていることを同じように情報を乗せた写真データを送信している。それに対してハルトやボタンはドン引きをしていたが、まあお互いにそれで幸せなら、と一定の理解はしている。ネモはよくわからないけど幸せならいいんじゃないの、とのことだった。
ハヤシライスをおかわりしながら、アオキはハッサクさんから食事会を提案されたのですが、と口を開く。案の定ペパーはむっとした顔をしたが、次の言葉できょとんとした表情に変わる。
「ペパーさんもいかがですか。チリさんも、ハッサクさんにもあなたを連れていきたいと提案したところ、快諾してくださったので」
「本当に? いいのか? だって、そういうのって、仕事の話がしたいんだろ? オレ、お邪魔ちゃんじゃないか?」
「お邪魔ちゃんじゃないから、誘っているのですよ。いかがですか?」
「アオキさんが誘ってくれたし、ついてく! チリさんにも会いたいしな」
「おや、堂々とした浮気宣言でしょうか」
「そんなんじゃねえし!」
「そうでないと困ります」
浮気をするなら、あなたを刺し違えてでも止めるところでした。けろりと、ハヤシライスを口に運びながら、アオキはそんなことを口にする。物騒な発言を聞いても、ペパーは嬉しそうに表情をほころばせるばかりで、アオキさんがチリさんに浮気してないかをオレが確かめるの、とにこにこ告げるほどだ。
この場にチリなりハルトなりがいたのならば、いやおかしいやろ、とツッコミを入れていたかもしれないが、この場にいるのは互いに愛が重たい二人ばかりである。
「この間も、ハルトさんとキタカミの里に浮気していましたからね」
「あれは……ちゃんと言ったからノーカンだっての! お土産も買ってきたし、アオキさんと行くときの予習もしてきたし!」
「ノーカンじゃないですよ。ちゃんとカウントしてます。ノーカンにしてほしかったら、今日は自分のわがままを聞いていただくしかありませんね……」
「……明日、アカデミーで一限入ってるから、ちゃんと起こしてくれるならいいぜ?」
「お安い御用です」
薄暗いほほ笑みを浮かべるアオキに、ペパーは不敵な笑みで返す。事実上の許可を得たアオキは、お風呂は一緒に入りましょうね、と提案する。お風呂で触るのはナシな、とペパーがハヤシライスを嚥下しながら告げれば、それも込みのわがままなので聞けませんね、とアオキは三回目のおかわりをしながら却下するのだった。