アオキはカーテンの隙間から漏れる日差しで目が覚めた。スマホロトムを確認すれば、朝食には遅く、昼食には早い時間だった。
休日前にはしゃぎたおした夜を過ごした充実感のなか、アオキは隣で抱きまくらのように抱えていたペパーを見る。ふにゃふにゃと安心しきった寝顔ですっかり眠っている彼の頬を撫でる。まだ柔らかさとあどけなさが残る頬には、ヒゲの一本も感じられない。体質的に生えないのかもしれない。毎朝の手間が減って羨ましい、と思いながら撫でていると、むうー、と眉間にシワが寄る。
嫌だっただろうか、と思って手を離せば、うすくペパーの目が開かれる。まだぼんやりとしていて、半分以上夢の国にいそうな状態の彼は、眼の前にいる男を認識したのか、ほわほわと溶けかけの飴玉のように安心しきった声をあげる。
「あおきさんだあ」
「はい、アオキです。おはようございます、ペパーさん」
「ん……おはよ……」
「まだ眠たいですか?」
「ん……」
「自分がお昼を用意しますので、眠っていても大丈夫ですよ」
「あおきさんがつくんの……? なにになるの……?」
「お好み焼きを作ろうかと。チリさんが、ご実家から送られてきたお好み焼きソースをいくつか譲ってくださったので。食べますか?」
「たべる……」
「はい。頑張って作りますね」
だから眠っていても大丈夫ですよ。
そう頭を撫でながら告げれば、まだまだ眠いらしいペパーは、おやすみ、と吐息に混じって空気中に溶けそうな声で返事をする。そのまま寝息を立て始めたペパーの頭をもう一度だけ撫でると、アオキは起こさないようにゆっくりとベッドから抜け出す。アオキのシャツをつかもうとするペパーの指先に、自分の使っている枕を掴ませてやれば、するするとペパーの胸元にひきよせられていく。ちょっとばかり枕を羨ましく思いながら、アオキはキッチンに立つべく着替え始めるのだった。
◇◆◇
「アオキさん、なにこれ」
「お好み焼きの材料ですよ」
珍しく――夜中に愛を確かめ合っていたものだから、腰も体も言うことを聞かないほどに疲れ切っていて、起き上がった時には昼だった。スマホロトムで時間を確認したペパーが跳ね起きてベッドから飛び出す頃には、ベッドの周りには手持ちポケモンは一人もいなかった。
最近建てたばかりの広めの一軒家は、アオキとペパーの手持ちポケモンを自由にしても十分な広さと高さがある。そんな広い家を腰の疼痛を堪えて走り、ペパーはおはよう、とアオキに挨拶をする。そうして、目の前には珍しくエプロンをしたアオキが、金属製のボウルを抱えて調理をしていたのだ。
かちゃかちゃと小麦粉を溶かした液の中にキャベツやら小エビやらなにやらが入ったそれをかき混ぜる彼は、食べたいと言ったのはペパーさんですよ、と教えてくれる。
「オレ? 食べたいって言った記憶ないちゃんだぜ?」
「ああ……寝ぼけていたんですかね……お好み焼きでいいかと聞いたら、食べると答えたので」
「ふうん? 覚えがないけど……どんな食べ物なんだ?」
「チリさんの故郷の料理ですよ。薄くスライスした肉を使うんですが、こちらだとあまり手に入らないものですから、頑張って薄く切ってみたんですが……」
確かにアオキの手元にある肉は薄い、とは少し言えない厚みがあるが、普段より料理をしない彼からすれば十分薄く切った方だろう。
温めておいたフライパンに油を敷いて、とつとつとした手順でアオキはボウルの中の具材を流し込む。円形に形を整えて、紅しょうが、天かす、と書かれた袋から刻まれた赤いしょうがと丸い揚げられた小さな玉を乗せる。これがあるとおいしいので、と言うアオキに、食べたことが無いペパーはそうなんだ、と答える他ない。
更にスライスした肉を乗せて片面を焼くアオキは、コガネシティの店では自分でひっくり返したりできるんですよね、と思い出したように言う。
「店で注文して、店員が全部焼いてくれるか、自分で焼くか選べるところがあるんですよ」
「へえ! なんか、面白いな。普通店で食べるご飯って、全部店の人がやってくれるのに」
「言ったらやってみましょうか……よっ、と」
「おお、綺麗にひっくり返った!」
「フライパンですから……これが鉄板ですと、うまくひっくり返せんこともあります」
「そうなのか。なあ、もう一枚焼くんだろ?」
次はオレがひっくり返してみたい。
興味津々でそう話すペパーの目は、好奇心で煌めいている。構いませんよ、と裏面を焼きながらアオキは頷くのだった。