(ん?)
ハルトは暑い、とネクタイを緩めたペパーの胸元にちかりと光るものがあったような、と疑問を浮かべる。太陽の日差しを受けて、きらきらと何かが光ったような――そんな気がした。
今日は気温が上昇するでしょう、と天気予報のお姉さんが朝方伝えていたように、確かに天気がいい。授業終わりにグラウンドに出たはいいが、天気が良すぎて長袖シャツでは汗ばむほどだ。流石のペパーもグレープアカデミーのベストは脱いできたようだが、半袖にするかは迷ったらしい。半袖にすればよかった、と言いながら、長袖シャツを腕まくりして、ネクタイを緩めている。
「パイセンもこれを機会に半袖にしよーぜ」
「まだ季節的に早すぎじゃね? 今から半袖にしたら、もっと暑くなった時にしんどいちゃんだぞ」
「それはそうなんだよなー。脱ぐもんがねえもんよ」
「ハルトは年がら年中半袖ちゃんだもんな」
「まあ膝小僧は見せた方がキュートだから仕方ないよな」
「お前のかわいいに掛ける情熱、本当に凄いよな……」
呆れるペパーに、ハルトはピンクの目を胸元に向ける。やはり、もう一度光った。
パイセンさあ、とハルトは自身の首元をとんとん、と指差しながら、ネックレスかなんかつけてんの、と尋ねる。尋ねられたペパーは、ん、と言いながら、よく気が付いたな、とシャツの首元に手を伸ばして何かを引っ張り出す。
それは金色の細身のチェーンでできたネックレスで、ペンダントトップがあるべき場所には、細身の指輪があった。
「お、指輪じゃん。パイセンおっしゃれー」
「これ、誰かに指摘されんの初めてちゃんだから、ちょっと恥ずかしいな」
「似合ってると思うけどなー。もっとよく見たいんだけど」
「いいぜ。でも、だいじなものだから、無くさないでくれよ」
「わあってるって」
ペパーは首からネックレスを外すと、ハルトに手渡す。受け取ったハルトは、ネックレスのチェーンの接続部分を留めて、指輪が落ちないようにする。そのまま指輪をつまみ上げて外側と内側を見る。
外側には小さめなダイヤモンドと思しき宝石が、美しいウェーブを描くようにカーブしながら一列に並んでいる。内側には、三年ほど前の日付だけがシンプルに刻印されている。
刻印を見たハルトは、まるで結婚指輪みたいだな、と指輪を返しながら思ったことを口にする。そりゃ結婚指輪だし、とペパーがネックレスを首に掛け直しながら返事をすれば、ハルトは目をがっつりと見開いてペパーのしっかりとした肩を掴んで揺さぶる。
「パイセン!? パイセン、待って、どゆことですかねえ!?」
「うおっ!? どういう、って、言ったまんまちゃんだぜ?」
「待て待て待て! え、パイセン結婚してたんか!? マジで!?」
「してたぜ?」
「しらんが!?」
「言ってねえもん」
「いつから!? アカデミー来てから!?」
「いや……来る前だったかな……別にオレは負担かけちまうし、アカデミーに入らなくてもいいって言ったんだけど、相手がさ、君はまだ若い、アカデミーでやってみたいことを探してみたらどうですか、って言うから……」
「良い人じゃん! めっちゃ良い人じゃん!?」
「だろ? おかげでやってみたいことも見つけられたし、先見の名があるってこういうことなんだろうな」
えへら、と笑ったペパーの顔はしあわせをかき集めたような表情だった。そんなペパーの表情を見たハルトは、相手が誰であっても祝福されるべき人間だなあと考える。ちなみに結婚式は、と聞けば、面倒くさいから写真だけ、と返される。見るか、と尋ねられて、当然とハルトは答える。スマホロトムを操作していたペパーは、これこれ、と画面をハルトに見せる。そこに写っていた人物に、思いっきり口に含んでいたスポーツドリンクを吹き出す。
「きたねえちゃんだな」
「びっくりしたわ! えっ!? どういうご関係!?」
「旦那だけど」
「そうでしたねえ! え、マジでどういうつながり!?」
「昔父ちゃんがシンオウで時間を司るっていう伝説のポケモンの研究をしていたときにさ、研究所の近くで遊んでくれてたのがアオキさんなんだよ。そっから、パルデアに帰っても手紙とかでやりとりしてて」
「んで、今に至るってことか。遠距離恋愛ってやつじゃん」
「そう言われると急に照れくさくなるな……」
「いいなー。でも指輪はネックレスにしてるんだ」
「そのまま付けるとなくしそうだからな。アオキさんも勝負するときとかで傷まみれにしそうだ、って首からいつも下げてるぜ」
「あー、そういうね。たしかに傷まみれになったら悲しいよな」
「だろ?」
ネックレスをシャツの内側にしまいながら、ペパーはやっぱり暑いよな、と胸元に風を送るようにシャツをぱたぱたさせる。そんな彼を見ながら、ごろんとグラウンドに大の字に寝そべったハルトは、そういやさあ、と、溶けそうな口調で尋ねる。
「パイセン寮生活じゃん。アオキさん的にどうなのそこ」
「オレもチャンプルまで帰るって言ったんだけど、毎日は大変でしょう、って金土帰って日曜に寮に戻る生活してる」
「ほーん、通い妻みたいな」
「アオキさん、リーグの仕事でこっち来るから、その時はテーブルシティで外泊したりしてる」
「心配しなくてもいいくらい、いちゃついてたわ。ちなみにお二人の愛の巣に突撃したいんだけど、まずい?」
「オレはいいけど……じゃあ、今度の週末帰るし、一緒に来るか?」
「おっしゃ!」
めちゃくちゃ探検するわ。
ウッキウキのハルトに、珍しいもんはねえぞ、とペパーは呆れるのだった。