うつらうつら、としていた巣鴨は、テレビのスピーカーから聞こえる音で、はっ、と目が覚める。
晶と二人で折半して購入したこたつに埋もれていた巣鴨は、起きあがろうとして、テーブルに腹を打つ。こたつ布団に衝撃は吸収されて対したダメージにはならなかったが、起き上がることに失敗した彼は、ぐえ、と潰れたカエルのような声を出す。
のそのそと体をずり上げてから起き上がった彼は、年越しちゃった、と向かいに座っていたはずの晶に声をかける。みかんを食べていた彼女は、今からだな、と返事をする。テレビの画面はいつの間にか歌番組から切り替わっており、除夜の鐘をつく画面になっている。
「年越し前に起きれてよかったぁ」
「寝ていてもよかったが」
「流石にね、初めて年を越すんだもん。一緒に起きていたいじゃないか」
「そういうものか」
「そういうものだよ」
俺もみかん食べよ、とみかんに手を伸ばす巣鴨。ネットで見たんだ、と言ってみかんの天辺と底辺の皮を剥いた彼は、そのまま連結したまま皮を剥いて見せる。ずらっと並んだみかんに、すごいよね、とニコニコ顔の恋人に、晶はピンクブラウンの髪を撫でる。
わしゃわしゃと撫でられるままの巣鴨は、アウトバストリートメントを変えたからサラサラでしょ、と言ってくる。もっと撫でろ、と言わんばかりに頭を押し付けてくるものだから、晶は堪能するように髪と髪の間に指を挟み込む。言われて見れば、いつもよりも指通りがいいような気がする。一度脱色して染めた、と言っていたわりに、巣鴨の髪はいつだって指通りがいいのだが。
「指通りがいい」
「でしょ! これ、職場の女の子から教えてもらったんだけど、さらさらでいいよね。香りも好きだな」
「香り?」
「そうそう。オリエンタルなんちゃら、だっけ。とにかく、香りがおしゃれなんだよね」
こたつを挟んで向かい合わせに座っているから、巣鴨の髪から特段いい香りは晶の鼻まで届かない。指先に匂いが移っていないか嗅いでみるが、特に匂いは分からない。
分からないなら、至近距離で嗅いでみればいいだけである。そして、晶は至近距離で恋人の匂いを嗅ぐことに抵抗感はなかった。
善は急げ、と言わんばかりに晶は立ち上がると、巣鴨の後ろに座る。もう年が明けるなあ、とのんびりスマートフォンの画面で時間を確認していた巣鴨の頭頂部に、晶は躊躇わずに鼻先を突っ込む。そのまますん、と嗅げばたしかに花とバニラの甘い香りと、スパイシーな香りが少し残っているように感じられる。似合わなくはないが、雄大には少し背伸びをした匂いだな、と晶はぼんやり考える。
……まあ、突然吸われた方からすれば、たまったものではないが。
「な、なななな、なに!?」
「匂いがいいんだろう」
「なるほどね!? なるほどね!? びっくりしちゃったよ!」
「嫌いな匂いじゃないが、少し大人っぽくないか」
「俺も大人ですけども!?」
「もう少し爽やかな……時々つけるだろう、あの香水の匂いの方が好みだな」
「そう? うーん、これもいいと思うんだけどなあ」
俺だって二十六なんだけどなあ、と首をかしげながら巣鴨はうなる。その間に、一際大きな鐘をつく音が響く。同時に、あけましておめでとうございます、というアナウンサーの声がスピーカーから聞こえてくる。
それを聞いた二人は、くっついていた身体を離す。こたつから足を引っこ抜いた巣鴨は正座をすると、同じように姿勢を正した晶と向き合う。
「あけましておめでとう! 今年もよろしくお願いします!」
「あけましておめでとう。今年もよろしく」
「いやー、やっぱりこう、除夜の鐘のあとって年越したなーって気分になるよね」
「……そうか?」
「そうだよ。こう、静かな夜だしさ。やっぱりなんていうか、一年の初めってこういう静かに始まるのがいいと思うんだよね」
外国の騒がしい感じもやってみたいな、って思わなくは無いけどね!
そう笑う巣鴨に、来年はもう少し盛り上げるか、と晶は提案する。たとえば、と首をかしげて不思議そうにしている彼に、花火でも打ち上げるか、とさらりと晶が提案すれば、ロケット花火はさすがに近所迷惑になりそうだよね、と至極真剣な顔で見当をする。真剣な面持ちの彼が面白くて、晶は思わず、ふは、と喉で笑う。
「線香花火だと盛り上がらない気がするが」
「うーん、でもさあ、やっぱりロケット花火はうるさくない? 河川敷はちょっと距離があるしさあ」
「それもそうだな。公園も民家に近いからな……」
「あ、でも派手な手持ち花火でやればたのしそうだよね。あー、でも寒いのに外出るのは嫌だなぁ」
うだうだと言いつのる巣鴨に対して、これが愛しさか、と思いながら晶は寝る前に何か飲むか、と提案するのだった。