誰かが口火を切ると、次から次へと波及していく。風に吹かれて揺れる木の葉のざわめきのように、新たな年を迎えた言葉が流れてくる。
誰かから広がっていく新年を祝う言葉が一通り広まり、それはヴォルフガングとマクシミリアンにも広がる。二人も道行く人々と挨拶をしながら歩いていく。
そこかしこに立ち並ぶ店先の新年を祝う料理や、露店が売り出すスナックの香ばしく、食欲をそそる匂いが鼻先をくすぐる。だからこそ、ヴォルフガングはそちらをちらちら見ているし、それに気がついているマクシミリアンもため息をつきながらも、門前に集合な、とだけ言って解散する。おう、と威勢のいい声で返事をしたヴォルフガングは意気揚々と露店が密集している通りへと進んでいくものだから、マクシミリアンは頭を抱えたくなる。宵越しの金は持たない彼の財布を管理しているのはマクシミリアンだが、それはそうとして今日一日で今月の支給額を全額使うつもりじゃないだろうな、と不安にならなくもない。
そこまで馬鹿じゃないといいんだが、と思いながら、マクシミリアンは馴染の店に挨拶に向かう。メイナード=レンブラントが経営する、メイナードズ・ショップのドアノッカーをごんごんと叩けば、今日は休みだぞ、と二階の窓から声をかけられる。
顔を上げれば、二階の窓をあけて、寝癖まみれの鳥の巣みたいな頭をした男が見下ろしていた。信念を祝う挨拶をしにきた、とマクシミリアンが要件を伝えれば、ちょっと待っていろ、と窓が閉められる。しばらくもしないうちに、寝癖まみれの頭のまま、メイナードが寝巻き代わりに来ている着古した服装のまま商店の扉を開けてくれる。
「今年もうちの店を贔屓にしてくれ、ということでこれをやるよ」
「いや、もらえねえよ」
「代金なら、今後もうちを贔屓にしてくれればそれでいいからな!」
「そんなことしなくたって、今後もここを事あるごとに使わせてもらうつもりなんだがなあ……」
「はは。ま、その鉛筆はあの画家の嬢ちゃんにでもやってくれ。まだ子供なんだろ?」
新年を迎えたら、子供にはプレゼントを渡さないといけないからな。
そう笑うメイナードに、そうだなあ、とマクシミリアンも頷く。人見知りが少々激しい少女が、新年に浮かれる街に来るのは、少々難易度が高かったのか、家で大人しくしているらしい。兄である圭太は、最近働き始めた錬金素材卸売商の婆さんこと、アシリナ=ロシュフェルトの店に呼び出されたそうだ。どうせやることないんだろう、と言われたというのは、新年の買い物にアシリナの店によったときに、圭太本人が苦笑交じりに言ってきた言葉だ。
アシリナの婆さんとこにも顔出してくるよ、と肩をすくめてマクシミリアンがいえば、婆さんにこれ持っていってくれ、とメイナードがブラシを一つ手渡してくる。
「婆さんの耳の羽用のブラシなんだが、壊れたって買いに来てくれたんだが……代金は前にもらったから、あとは渡すだけだったんだが……」
「渡りに船ってか? まあ、お前から預かったって伝えておくよ」
「悪いな」
「気にしないでくれよ。持ちつ持たれつって言うだろ」
今度値引きしてくれればそれでいいから。唇の端を持ち上げて笑うマクシミリアンに、メイナードはしかたねえなあ、と笑いながら、頼むわ、と商店の扉を閉める。ブラシの入った箱を上着のポケットに入れて、マクシミリアンはメイナードズ・ショップを背に商店街を歩いていく。
新年早々開店している店をチラ、と見ながら、自分用にあとでサンドイッチボックスでも買うか、と思案しながらアシリナの店にたどり着く。ドアノッカーをごんごん、と鳴らせば、駆け足で誰かが扉に近寄ってくる軽い音が聞こえてくる。扉をあけて出てきたのは、長い前髪を乱した安曇圭太だった。
「おう、圭太。めでたい日に婆さんに振り回されて大変だな」
「はは……まあ、ごろごろ過ごすよりは健康的だということで……」
「そいつは違いないな。ところで、婆さんはいるか?」
「ああ、呼んできますか?」
「あたしゃいかないよ! 連れてきな!」
「……だ、そうです……」
「そうなるとは思っていたから、あんまり気にしないでいいぞ」
婆さんは新年早々から人使いが荒いのには、もう慣れっこだからな。そう笑ったマクシミリアンに、圭太は元気なのはいいことですけどね、と力なく笑う。
扉を締めて、暗い店舗部分を抜けて奥の居住スペースに向かう。隣国、トメラ・チズルメルから輸入されたラジオから軽快な音楽と話し声が聞こえてくる。どうやら、漫才を聞いていたようだ。
白い長い髪と、その隙間から見える鳥の羽のような耳。デレーネ族のアシリナがシワまみれの顔をしかめて、相変わらず場所ばっかり取る男だねえ、と減らず口をたたいてくる。圭太は慌てるが、マクシミリアンは慣れっこなのか、メイナードからの預かりもの渡したら場所はとらんよ、と笑って返事をする。
「メイナード? ああ、年末に頼んだ櫛のことかい」
「おう。年末ギリギリに届いたみたいでな。さっき挨拶に行ったら、婆さんのところに行くなら持っていってくれって言うから来ただけな」
「はん。ヴォルフガングのやんちゃくれより扱いがいいからねえ、あんたは」
「あいつは相変わらずやんちゃなまんまだよ」
「ありゃあ、うちの旦那と一緒だね。一生変わらんよ」
ぽんぽんと軽いやりとりを聞きながら、圭太はお茶がはいりましたよ、とカップにカシェバの紅茶を淹れて戻って来る。出さなくていいんだよ、とアシリナがけっ、と悪態をつく向かいで、マクシミリアンはカップを受け取って、ソファにどっかりと腰を下ろすのだった。