流し見の走馬灯

ハリエンジュの赤い星

title by 一人遊び。(http://wordgame.ame-zaiku.com/)

 深夜、草木も寝静まる夜のことだった。明日は大学がなく、家族も朝から出かけることを確認した千種川雅貴は、今日が実験の決行日であると認識していた。
 肉体と同期している精神を分離することは、非常に負荷が高い。そもそも、精神――魂というものは形がないものである。肉体という檻に入れることで、形を定めているそれを檻から解き放つことは消滅を意味している。仮初の入れ物に精神を入れることで、彼らは遥かな星の海を渡って来ているが、それを使うことなく精神を解放するのは消滅の危険性を大いに孕んでいる。
 半ば強引に精神を収める容器を借り受けた千種川は――青木の肉体を借りている彼こと、備品管理を担当している彼には、あなたそういうところありますよね、と呆れられたが――容器を起動させると、自身の精神を移動させる。精神を失った肉体は、ばたりとベッドの上に倒れ伏す。手のひら大くらいの大きさで、箱の形をしたその容器に移動した千種川は、かたかたと箱を動かす。
 容器に内蔵されている透過装置を起動させ、窓ガラスを通り抜けた箱は、そのまま彼の自宅近くを徘徊する。手のひらサイズの箱が空中を浮遊している現象は、その手のマニアが見たのならばよだれものの光景なのだろうけれども、光学迷彩を施しているためにその姿を捉えられることはなかった。

「……というように、深夜に実験してみたのですが」
「行動早くない? 別に、そこまで緊急で情報が知りたかったわけではないんだけども」
「そうだったのですか。まあ、ぼくも比較的手が空いていたものですから」

 明け方に身体に戻り、休息を取った彼は、昼下がりに優と喫茶店に来ていた。チェーンの喫茶店でコーヒーを二つ頼んだ彼は、ウェイターが注文をキッチンに持っていくや否や、深夜の実験について語り出す。お冷やで喉を潤していた優は、第一声に思いっきりむせていたが、静かに彼の話を聞く。

「光学迷彩を施した状態では、屋外で飼われている犬に反応されましたね。やはり、存在を消しているわけではないからでしょう」
「だろうね。軍事技術には興味が無いけど、光学迷彩って見えないだけで、そこにはいるってことでしょ?」
「そうですね。ただ、透過措置を施すと存在そのものを感知できなくなるからか、吠えられなくなりましたね」
「ああ、通り抜けができるってことは、そこにものがないっていう判定になるのか……いや、なんにしても夜中に犬が吠えたってことは、近所の人は困っただろうな……」
「そうかもしれませんね。とはいえ、今回の実験は深夜に行うのがベストだと判断したものですから」
「そうだろうけどねえ……万が一、人にみられたら、それこそ雑誌にとりあげられそうだよね」

 怪奇、空中に浮かぶ箱、とかで下手に人の目に触れるのはどうかと思うよ。優はこともなげにそう言うと、今は必要最低限の人数以上に自分たちの存在を感知されるのは得策ではないですからね、と千種川もお冷やを啜りながら返す。
 コーヒーおもちしましたー、とやるきのなさそうなウェイトレスがコーヒーを運んでくる。それを受け取りながら、詳細なレポートが必要ならまとめたものを君にも渡しますが、と千種川が告げると、優はレポート書くんだ、と返事をする。まるで、その実験に関して第三者に提示する資料は不要でしょうに、と言わんばかりだ。
 彼女の言葉に不思議そうな顔をした千種川だったが、備品を借りてまで行いましたから、と返す。

「あ、その装置ってあんたの私物じゃないんだ」
「ええ。組織のものですから。強引に拝借したからには、無益、有益問わず実験結果の報告は必要です」
「そりゃそうだわ。んー……別にそこまで興味は無いけど、どういう風に報告がされるのかだけは気になるかも。もらえるなら、あたしもレポート欲しいかな」
「かまいませんよ。……ああ、そうか。そうなると、日本語に変換して、地球で使われている形式でも出力しなくてはいけないのか」
「あー、そうか。あたし、あんたたちの文字は読めないしね……まあ、それに関しては時間があるときとかで全然構わないから」
「おそれいります。では、お言葉に甘えて、手の空いているときにお渡しします」

 ちなみに、データ形式と紙媒体のどちらがご希望ですか。
 変換自体は大したことではない、と言わんばかりに告げる彼に、電子媒体だと目が疲れるから紙がいいと優は返事をした。