title by 月にユダ(http://2shin.net/berbed/)
行きつけの三階建てのショッピングセンターは、連休の最中と言うこともあって、比較的混み合っている。それでも、そこまで人で多いとは思わないのは、きっとこれがゴールデンウィークだからだろう。きっと、多くの家族連れは地元のショッピングセンターなんかじゃなくて、行楽地とかに足を運んでいるのだろう。
それでも、サービス業である私はまとまった連休をとることもできず(休んでもいい、とは言われているが、どうにも気後れしてしまう。ノーが言えない日本人である)連休の序盤と後半に一日ずつ休みを申請するにとどめたのである。といっても、実家暮らしであるから、特段不便などはなく、今日ショッピングセンターに来たのも、給料が入ったから、たまの贅沢でアイスクリームでも買おうと思ってのことだった。
三十一種類のフレーバー(実際には三十二種類らしいが、悩むものが一つ増えるというありがたい状況なので、あまりカウントしない)のどれをするか悩もう。そう思いながら意気揚々と食品売り場の前にあるチェーン展開しているアイスクリームショップに向かう。
「ヴィンス、どれにするか決まったの?」
「どれも悩ましいよね……やっぱり、バニラは外せないだろう? そうなると、もう一つは……チョコチップ、いやアフォガート……もう少しバニラ要素を外しても良いな……」
「本当に悩んでいるわね……」
「バスキン・ロビンスがどれもおいしいのが悪いよ。ところで参考までに聞きたいんだけれど、アヤセは何にしたんだい?」
「わたし? ラムレーズンとキャラメル抹茶オレ。ラムレーズン好きだし……キャラメル抹茶オレは新作って書いてあったもの」
「キャラメル抹茶オレも気になっているんだよね……うーん、選択肢が増えてしまったな……」
「……キャラメル抹茶オレ、そんなに気になっているなら、一口あげるわよ?」
「よし、キャラメル抹茶オレは選択肢からはずそう」
アヤセがくれるからね。他のものにしよう。
しゃがんだ姿勢のまま、ぴったりと背筋にTシャツを貼り付けている男性が隣の女性を見上げて笑っている。遠目の横顔からでも顎髭と分厚い筋肉、なんとなく分かる彫りの深い顔立ちと低い声に威圧感をひしひしと感じるが、それ以上に人好きのする笑い方に、悪い人ではないんだろうな、と直感的に思う。
すみません、とメニュー表の前に立った私に、彼は身体を少しずらしてくれる。やはり悪い人ではないようだ。
「うーん、ロッキーロードも捨てがたいしなあ……」
「いつもポッピングシャワーとか、ラブポーションサーティワンじゃない。今日はまた妙に悩むわね?」
「うーん、なんていうんだろうな。いつも選ぶものの気分じゃないんだ。でも、いつも選ばないものにしようとすると、選択肢が多すぎてね……そうだ、君はなににするんだい?」
「え? 私ですか? 私はえーと……なににしよう……!」
「こら、ヴィンス。知らない人を困らせないの。ごめんなさい、驚かせちゃって」
「いえ、気にしてないですし……私も何にしようか迷ってて……」
そう笑うと、アヤセ、と呼ばれていた女性はそれならよかった、と微笑む。こうやって友達を増やしていくんだよ、とヴィンスさんなる男性は笑っている。お気に入りは白桃ブラマンジェなんですよ、と私が言うと、ジェラート系もいいよね、と男性は笑って頷いてくれる。
「バニラとシンプルにフルーツ系もいいな……」
「今回はフルーツにするのかしら」
「そうしようかな。やっぱりメロンかな……いや、白桃もいいな……」
「最近食べていないのにするとか……どうですかね」
「君は天才だね! オレンジソルベはここ暫く選んでいないし、それにしようかな」
「あら、素敵な提案で決まったわね。ありがとう、この人、アイス大好きだから、悩み出すと止まらなくて」
「素敵な悩みじゃないですか」
私はもうちょっとここで悩んでいます。そう告げると、私のおすすめは王道のバニラだよ、と返ってくる。アヤセさんが肩をすくめながら、ラムレーズンもいいわよ、と付け加えてくれる。普段私が頼まないタイプのフレーバーで、そういえばサーティワンのバニラもラムレーズンも食べたことがないな、と思い出す。
どうせなら、ここで知り合った二人がおすすめしてくれたものにしようと思い、ふたりにそれにします、と告げると、びっくりしたような顔をしてから、ヴィンスさんが素敵な選択だと思うよ、と私の手を握ってくる。
「それじゃあ、お会計してくるよ」
「ええ、分かったわ」
「ありがとう、素敵な人。とても助かったよ」
「いえいえ。たいしたことは……」
手を振って否定していると、目に見えてしょんぼりしたヴィンスさんに、慌ててバニラもラムレーズンも普段頼まないのでちょうどよかったです、と付け加える。それはよかった、と気分を盛り返したらしい彼は、そのまま店員さんに注文を始める。アヤセさんの分だろうものは、スモールのダブルにしていて、さりげない気遣いだなあ、と思っていると、彼女からさりげないでしょ、と心を見透かしたように言われる。
「ああいう人なの。素敵なひとでしょう?」
「ええ、とても」
「ありがとう。あなたも並んだ方が良いんじゃないかしら。ほら、子連れの家族がこっちにくるわよ」
「え? わわっ、本当だ。並んでおこう……」
アヤセさんが指摘するように、子どもを連れた老若男女の一団がこちらに向かってくる。全員で並ばれたらたまったものじゃない。そう思った私は、あわててヴィンスさんの後ろに並ぶのだった。