ディミヌエンド、ジ・エンド

ハリエンジュの赤い星
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title by scald(http://striper999.web.fc2.com/)

 典型的なオタクファッションといえる、チェックシャツに褪せたジーンズ。大きな黒のリュックサック。毎日風呂に入ってはいるらしく、せめて清潔感があるのが取り柄だろうか。
 大学内では、人が集まらないごく少人数で構成される、同好会のようなサークルは珍しくはない。男が所属するサークルもそういうサークルである。
 超常現象調査同好会。いかにも人を選びそうなサークルである。サークルの会員も、男と幽霊部員となった男の友人の二人である。

「むむむ……やはり、思うんですよな。あの男は、なんらかの宇宙的な操作を受けているのではないか、と。でなければ、あれほどの性格の変異に説明がつけられませんぞ! うむうむ、さすが我輩である……これならあの男の性格の変容も、嗜好の変化にも説明ができますな」

 ぐふぐふ笑う男は、遠巻きに見る人々の、ちょっと変な人、の生暖かい視線を無視しながら、坦々麺を啜る。男の妄言癖は今に始まったことではないので、誰も気にしてくれない。むしろ、所属サークルをあげたら理解してくれるほどだ。
 ずぞぞ、と麺を啜りながら、男はこれまでの考えをまとめて、本人にぶつけてみようかと思案する。むしろ、このことをぶつけても、彼は興味深そうに聞いてくれるのではないか、そう思ってのことだった。迷惑だろうな、と思いつつも、幽霊部員となった友人すら話し相手になってくれない哀れな男なのである。話し相手に飢えているのだ。
 そうと決まれば内容を精査し、きちんと文面に書き起こさなくては。そう決意した男は、坦々麺を食べ終える。食器を片付けて、持ち込んだラップトップパソコンで文面をまとめるためにも、静かな場所に移動するという行動を始めるのだった。

 無線接続の静音キーボードを叩き、タブレット端末に文字を打ち込み続けている間に、日は随分傾いていた。それに気がついた男だが、もう文章はだいぶ打ち終わっている。もう一息だ、と向かおうとした時、視線を感じる。
 見せるつもりがあるとはいえ、見せたい相手以外に見せるつもりはない。はっ、と後ろを向くと、そこにいたのは見せようと思っていた相手だった。

「おお!? 千種川くんじゃないか……」
「それは、ぼくに関する情報のまとめですね」
「そう! そうなんだよ! 我輩、実は君は宇宙生命体に接触したことがあるのではないか、と思っていてな! 君の性格の変容っぷりも、これで説明がつくというものだ!」
「……なるほど」

 戯言に過ぎませんが、可能性の芽は潰しておくべきでしょう。
 ぽつりと千種川がこぼした言葉は、静まり返った図書館によく響いた。涼やかな声が男の鼓膜を叩いて、言葉の意味を理解するのに時間を要する。男が、え、と言葉をこぼす間に、千種川は男の目をじっと見つめる。
 灰色の、感情のかけらも感じられないガラス玉のような目が、ちかり、と光ったのではないか、と男が認識するよりも早く、男の体から力が抜ける。
 ずるり、と椅子から落ちる。まるで、体重を支えられなくなったように、滑るように落ちる。どさ、と小太りな体が床に崩れると同時に、千種川はラップトップパソコンに触れる。記憶媒体の差し込み口に、USBメモリーのようなものを差し込むと、パソコンが急速に処理を始める。冷却ファンが唸りを上げるが、千種川はそんなことなど気にもしない。

「地球上の生命体にとっては戯言ですが、我々にとっては戯言で済まない可能性がある――探索の妨げとなる可能性があるものは排除しなくてはならないのです」
「あ、ああ――?」
「生命に危害は加えません。ただ、そのわずかばかりの精神に施しを行うだけです」

 次に目が覚めた時は、超常現象に興味のかけらも無くなっているでしょうが、好奇心は猫をも殺しますので。生きている代償、だと思っていただければ。
 ラップトップパソコンが、ばつん、と音を立ててシャットダウンする。USBメモリーのようなものを引き抜いた彼は、男の首筋に左の指をそわせると、右手で別のUSBメモリーのようなものを取り出す。さわさわ、と首筋をあらためていた千種川は、ある一点を見つけると、そこに右手のメモリーらしいものを差し込む。
 まるで最初からそこに差し込まれるべきだったかのように吸い付いたそれは、ちかちかと処理中であることを示すように点滅する。その度に男の体はびくり、とはねる。目に浮かんでいた恐怖の色はすっかり消えて、ただ真っ黒いだけである。なにも感情のない、どぶのように沈んだ目だ。
 処理を終えたらしく、メモリーの点滅が消える。それを待ってから、千種川は首筋からメモリーを抜き取る。男の体がびくん、と一際大きく跳ねる。二度ほど瞬きをした男を確認した彼は、いつものように過ごしなさい、とだけ男に告げると、去っていく。ひとりの時の彼の歩調はひどく速くて、男が立ち上がるよりも先にフロアを降りていった。

 それから数日後、男は超常現象調査同好会を退部した。熱量を持って超常現象について調べていたのに、と家族が困惑するほど、あっさりと書籍を売却した。
 性格も一変して明るく社交的になったのもあり、周囲は戸惑いながらも彼を受け入れる――まるで、書き換えられたように明るくなった彼に、周りの人は彼こそ超常現象に出会ってしまったのではないか、と密やかに話すのだった。