このために買った……というわけではないが、以前より欲しかった「自動あたため機能」がついた魔導装置。作り置きしたシチューを、わざわざコンロの火を付けずとも、皿に盛って装置の中にいれるだけで温められるというそれは、一皿ずつ食べるならとても便利だろうと思っていたのだ。
そんな夢のような装置がガレマール帝国にあると聞いたことがあったテッフェは、ガーロンド・アイアン・ワークスに直球で尋ねてみたら、実際にあるらしい。しかしながら、ガーロンド社製のものは鋭意開発中であるらしく、どうしても今すぐ手に入れるならば、ガレマール帝国から輸入するしかないと言われたテッフェは、いずれ手に入ったらいいなあ、程度に思っていたのだ。
終末が去り、月日が流れ、ガレアン・コミュニティが魔導装置をいくらかラザハンを中心に販売をはじめたと風の噂が流れてきた。噂を聞きつけてラザハンの商店街を訪れると、目玉商品として魔導装置たちが並べられていた。
それのなかに、「自動あたため機能」のついた魔導装置があったのだ。お値段はちょっとなかなかとても高いものはあったが、リテイナーたちと自分で稼いできた蓄えがめちゃくちゃに減るわけでは無かったので、にこにこキャッシュ一括払いで購入したのがつい先日。抱えて持って帰ってきて、文字が読めないなりに頑張って取扱説明書を読み切ったのが昨晩のことだった。
オーブン機能もついているらしい魔導電波オーブンだが、今回の目当てはオーブン機能ではない。そもそも、オーブンを使うのであれば、オーブンがこの家には準備されているのである。なのになぜオーブン機能つきの魔導電波オーブンを買ったのかと言えば、単純に商売人の口がうまかったからである。
「ボタンを押して……温度を決めて……」
皿に魔導アイスボックスで保存していたシチューを盛り付け、魔導電波オーブンに入れる。あたためる種類を設定するためのボタンを押して、温度を調整するつまみを回して、最後にあたためと書かれたボタンを押す。
じじじじじ、と動き出した装置をじっと眺めながら、テッフェは装置が動き終わるのをただ待つ。膝を立てた三角座りをしながら温まるのを待っていると、ちん! と高い音を立てて魔導電波オーブンがあたため終わったことを伝えてくる。おそるおそる扉を開けてみれば、白い皿に盛られたシチューからは、ほかほかとあたたかな湯気が立っている。
「おお……」
立派にあたたまったシチューに感動しながら、テッフェはそれをテーブルに運ぶ。スプーンでシチューを掬って、行儀悪く立ったまま口に運ぶ。スープはあたたかく、ポポトにも火が通っている。
これは画期的な買い物をした、とテッフェが感動していると、のっそりと後ろから影がさす。振り返れば、そこにいたのは色々とあって――それこそ、色々とあって省略させていただくが、諸々の決議の結果、テッフェの自宅に居候することとなったゼノス・ヴェトル・ガルヴァスの姿があった。
長身を屈めることなく見下ろしてくるゼノスに、テッフェは臆することなくスプーンを差し出す。それを口に運んだゼノスは昨日の残りか、と咀嚼する。
「この間買った、魔導電波オーブン、使ってみた」
「ああ……ガレマール人がラザハンで商売を始めたと聞いたな……あれこそ、寒冷だと聞くイシュガルドあたりで売れるだろうに」
「確かに」
高いものを買える人が多い、とイシュガルドの貴族たちをイメージしながら、テッフェはもそもそとシチューを頬張る。ポポトはほくほくで、肉もやや固くなっているが食べられないことはない。あたために関しては素晴らしいと言えるだろう。
先日マーグラットより聞いた、より簡易的に魔法的技術で使えるように、シャーレアンの技術者と巴術士ギルドが連携しているらしいことをゼノスに教えてやれば、これに組み込めばより安価に売れるだろうよ、と魔導電波オーブンを顎でしゃくる。
「温めることができるようになれば、冷やして保存する魔導アイスボックスの需要も増える。そこから魔導技術や魔法を機械に組み込むための技術も発展する。まあ、俺には関係のないことだが」
「発展するのは、いいこと?」
「価格競争がおきるだろうな。そうなれば消費者はより良いものを、より安く買うことができるようになるかもしれんな」
「いいこと」
「そうだな。企業努力をし、より良い商品をどこもが出せば、だがな」
「難しそう」
でも魔導電波オーブンは便利、とテッフェはシチュー皿にシチューをもう一回盛って、ボタンとつまみを操作する。その様子を見ながら、ゼノスは彼女の食事量なら逐一さらに食事をよそって温め直すよりも、鍋ごとコンロで温めたほうが時間の短縮になるだろうに、と思ったが、それを口にすることはなかった。