必要な時間は、並んだ瞬間にアイコンタクトをするだけの隙間だけだった。
二人ばかりでは少々難のある仕事かも知れない。かも、とついた仕事に油断をしなかったと言えば嘘になるが、それほど油断していたわけではない。いかんせん、相手の数が多すぎたのだ。さすが密猟団というべきか、アジトを襲撃したら出るわ出るわの大騒ぎ。蜂の巣をつついたってこんなに出てこないだろう、と後日報告書をまとめるシャルロッテが苦虫を二十匹ほどかみつぶした表情をしたのはまた別の話である。
……閑話休題。
あげまーす、とネッロ・ヒースコートのやる気の無い声で押しつけられた、向かって右側からやってくるナックルや槍を構えた男や女を鎌でなぎ払っては、蒼く弧を描いた軌跡を残して彼らを気絶させる。いっそ首と胴を切り離してしまった方が早いのだが、今回はグランドカンパニー・双蛇党からの直々にきた依頼である。密猟団を生け捕りにしろ、という任務内容を思い出して舌打ちをしながら、シャルロッテ・シードルは長い持ち手で迫り来る斧術士の腹を勢いよく突き上げる。
「なんです? 密猟団って言う割には数で押しきろうだなんて、みみっちいですねえ」
「奥にいる奴らを呼んでこい!」
「癒やし手を呼べ! 持ちこたえろ!」
「はいはい、持ちこたえられたらいいですね」
背後になる左側から一切の攻撃が来ないのは、ひとえにネッロ・ヒースコートの努力のおかげである……といえたのならばいいのだが、片手剣を握った彼は、迫り来る彼らの頭に握り手を叩きつけて額をかち割り、膝を、臑を、肘をきりつけて立ち上がれない状態や、武器を握れない状態にしていた。額をかち割られて気絶したミコッテ族の女を蹴り飛ばし、ネッロは周囲を巻き込むように剣を叩きつける。
「どうしたんですかぁ? さっきの威勢の良さは?」
「っ! ほざけ!」
「相手は二人だ! なんとでもなる!」
「うーん、僕ってば侮られてます?」
襲いかかる彼らをなぎ払い、巻き上がった圧で吹き飛ばす。吹き飛び、近くの大木に背中から飛びこんだ彼らの身体には、切り傷ができている。じくじくと傷むだろうそこに片手剣の切っ先をねじこんでいく。痛みに悶絶する彼らの臑を切りつけて逃げられないようにしながら、ネッロ・ヒースコートは首をごきりと回しながら、傍らで両手鎌を振り回している男をちら、と見る。
劣勢ではないが、優勢でもない。当然だろう、守り手の職業ではない男が単身で複数の人間と戦闘を繰り広げているのだ。実力差でねじ伏せてはいるが、確実に彼のキズは増えている。こういうときはやはり守り手である剣術士のほうが耐えきれるものである。それを彼はよく知っているものだから、右手に握っている剣をちら、と見てから一歩後ろに飛ぶ。
同じように背後に飛んだシャルロッテと並ぶ――アイコンタクトは一瞬だった。
シャルロッテが握っていた両手鎌を背負うのと、ネッロが握っていた片手剣を投げるのは同時だった。彼が空いた右手にガンブレードを握るのと、片手剣を右手に握り直す彼が飛んだのも同時だった。
「この獲物、好きじゃないんだよな」
「そうなんですかぁ? 昔はそれで一暴れしてたでしょ」
「そうなんだけどさ。どうにも――」
手軽な重さすぎて殺しかねないのがな。
シャルロッテは渡された片手剣を振り抜く。人を殺すのにちょうどいい重さのそれは、普段振るう両手鎌よりも少しばかり重たくて、少しだけ射程が違う。
慣れてない武器だから殺すかもしれないな、とうそぶく男に、ネッロはそのときは武器が壊れたとか言っときゃいいんですよ、と調子を合わせる。切れ味の良い、よく手入れのされたそれは、うっかりで首の皮を胴体から切り離すのにちょうどよかった。シャルロッテの長い腕で振り抜くだけで先ほどよりもよほど都合良く血しぶきが舞い上がる。
血気盛んな連中を地面に叩きつけていくほどに、劣勢を悟った彼らは血走り、血迷った目で二人に襲いかかる。それを握り手で額をかち割ったり、膝を打ち抜いたり、臑を切りつけることで無力化させていく。
追い詰められた密猟団の威勢の良さはしばらくももたなかったのは、彼ら二人の武力が圧倒的だったからか――それとも、彼らが終始人を食った笑みで武器を振り回していたからなのかもしれなかった。