title by 蝋梅(https://roubai.amebaownd.com)
秋の天気はなんとやら。
確かに今日は晴れていたというよりは、曇りがちな日ではあった。それでも帰宅時間までは曇りの予報であったから、僕は折りたたみ傘を持ってくることなく大学を後にした。
バイトもなく、来月に控えた同人イベントに向けて同人誌の原稿を作ることに専念できる日なのだ。三限で終わったのだから、時間は有意義に使うべきである。意気揚々と自宅に向かう僕だった。
……そして、意気揚々と帰ろうとしたその結果がこの目の前の惨状である。バケツをひっくり返したよう、とはまさにこのことだと言わんばかりの激しいゲリラ豪雨は止むことを知らず、ターミナルのタクシー待ちの行列はさらに長くなるばかりだ。
貧乏学生(主に推し作家の同人誌購入と製本費用のせいであるが)にタクシー代なんて出せるわけがなく、ターミナル駅の駅ビル一階エントランスで所在なく立ち尽くすしかなかった。
「折りたたみ、サークルのロッカーだよなあ……ないよなあ……ないわなあ……」
はああ、と大きなため息を一つついて、僕は近くのコンビニで傘を買うことを決意する。傘代だってお昼ご飯一食分はするのだから馬鹿にならないのだが、この土砂降りの中では背に腹はかえられない。きっと地元ももっと降っているだろうから、と自分を慰めながら駅ビルに入っているコンビニに向かおうとすると、地下鉄の駅から見知った顔の女性が出てくる。
近所のマンションに住んでいる人だった。そこそこの頻度でうちのパン屋を使ってくれる調月(つかつき、と読むらしい。珍しい苗字だ)さんだ。職場が大学の方面と被っていると、いつだか話が盛り上がったのを今更ながら思い出す。
恋人のヴィンスさんといつも仲が良くて、うちのパン屋も二人でよく来るのだ。ピコ手の同人作家としてはいつも推しカプのネタにしています、と頭をひっそり下げている。イチャラブハッピーエンド至上主義の僕としては、ちょうどいい温度感の二人は、いつでも推しカプに変換してお世話になっている。今は養父と息子のカップリングにハマっているので、なかなか活かせないのが悔しいのだけれども。
――ん? この情報は今いるのか?
それはともかくとして、見慣れた人がいるから、うっかりつい思わず声をかけようとしたのも無理はないことだと思って欲しい。
その時だった。駅の向こう側から歩いてくる、人より頭二つ近く高いところにある傘に気がつく。そんな高さにある傘など、僕の知り合いでは一人しか思いつかない。がっちりした首の下はしっかりとした筋肉がついているのだろう。秋めいてきたものだから、左腕の目を引く刺青はシャツの下に隠れて見えない。
ヴィンスさんだ、と思っていると、足早に目の前を駆けていく人がいる。絢瀬さんだ。タイトなスカートに高めのヒールをかつかつと鳴らしながら歩く様は、まさに仕事がデキる女そのものだ。まあ、向かう先は恋人の傘の下なんだけれども。
そのまま二人は一つの傘をシェアして――相合傘で帰って行ったわけなのだけれども、チラと見えた絢瀬さんのカバンの中、折りたたみ傘が入っていたような気がする。そこまで思い出して、ははあ、と思わず頷いてしまう。
「……ご馳走様です……!」
人目を憚らずに膝から崩れ落ちて天を仰ぎたい気分とはこのことだろう。思わず顔面が崩れてしまいそうになる。これは尊いが強すぎる。
新刊のネタはこれだな、とウキウキ浮かれながら僕はコンビニに向かって歩き出すのだった。