title by 確かに恋だった(http://have-a.chew.jp/on_me/)
「荷物が届いていたぞ」
「本当? 誰からかな……何かを注文した覚えはないし……」
「ピアノの先生、と書いてあったな」
リビングに置いてある。そう父親に言われ、ルークはアンティークに両足を入れたような愛用のコートをコートハンガーに引っ掛ける。手を洗ってリビングに入ると、大きな段ボール箱が鎮座していた。宛名はルーク・ウィリアムズ。差出人には貴方のピアノの先生、とだけ書かれている。差出人の住所は、東にある国の高級ホテルのものだった。
チェズレイからだ、とテレビボードの端に置いてある文具入れからハサミを抜き取ったルークは、丁寧にテープを切っていく。段ボール箱を開封すると、瑞々しい野菜たち。そして本かと見間違えるような分厚さの手紙。
分厚い手紙を取り出すと、後ろについていたらしい紙切れが一枚落ちる。おや、とルークが拾えば、そこに書かれていたのはモクマの流れるような文字だった。
「旬の野菜を食べるのは健康にいいよ……わ、じゃあこれは美味しく食べなくちゃいけないな……父さん、今日の晩御飯、もう作っていたり……」
「するな。もう出来上がるところだ。その野菜は明日だな」
「分かったよ。あとで野菜室に入れておくよ」
葉物野菜に芋類、根菜類……どっさりと用意された野菜を一つずつ確認しながら取り出していくと、段ボール箱の下に見慣れない白い箱が入っていることに気がつく。そう、っと丁寧に取り出したルークは、それをテーブルに置くと取り出した野菜を段ボールにしまい直す。相変わらず母親の仕送りだと同僚から揶揄されたことのあるそれに苦笑しながら、ルークは野菜の詰まった段ボール箱を冷蔵庫の前に置く。
冬の足音が聞こえ始めた、短い秋の入りにブラウンシチューが並ぶのはウィリアムズ家では毎年のことだった。自宅のドアを開けた時から漂っていたその香りが、コンロのそばに来たことで一段と濃くなり、ルークは思わず多めがいい、と注文する。返事はないが、それでよかった。深皿になみなみと注いでくれるのは分かっていたからだ。
父親がコンロの火を止める音と、リビングのテーブルにルークが着くのは同時だった。白い箱をあけたルークはなんだろうこれ、と疑問の声をあげる。それに答えたのは、両手にブラウンシチューを乗せた皿を持った父親だった。
「それはネイルケア用品だな」
「ネイルケア?」
「爪のケアだよ。最近割れたのが、チェズレイに伝わったのだろう」
「ああ、そういえばこの間割れたけど……いや、でも僕はチェズレイには何も伝えてないけどな……?」
首を傾げているルークに、風呂から出たら使い方を教えようと微笑を浮かべる彼に、ルークはありがとう、と返してから別に表情を無理に作らなくていい、と続ける。
その言葉を受けた父親が子どもに向ける表情を浮かべ続けていた男は、すっ、と表情を消す。無機質な顔に浮かぶものは何もなく、エリントンの冬空よりも冷たい膜が目を覆う。
「そうか。父親らしく振る舞えていたと思うのだがな」
「そのままの貴方でいいんだよ。エドワード・ウィリアムズでも、普通のどこにでもいる誰かの父親でもなくて、そのままの貴方がいいんだ」
「奇特だな。望む姿で対応された方が気分もいいだろうに」
「父親として?」
「ああ、そうだ」
「僕は誰でもない貴方ともう一度親子になりたいんだ。エドワード・ウィリアムズと過ごした六年の続きがしたいわけじゃない。ましてや、知らない誰かの父親を被って過ごしてほしいわけじゃない。本来の貴方とこれからが過ごしたいんだ」
「……エドワードとして対応された方がやりやすいだろうに。本当にお前は、」
「奇特って? だって、エドワードも貴方も僕の父親だからね」
どっちの父親も好きになりたいんだよ。
そう笑ったルークはダイニングテーブルに着く。大盛りだ、と喜んでバゲットをシチューに浸す彼に、デザートはパンプキンプリンだと教えるか考えて――ファントムは食べたら冷蔵庫を開けなさい、と言うにとどめた。