「なんで来たのかは分かったし、どこから来たのかも分かったけどさ。気になってることがあるんだよね」
「なんでしょうか。開示できる範囲であればお答えします」
「あんたの身体と、その身体の元持ち主については話せる?」
「ええ。話すことは可能です。千種川雅貴が怪我をする契機から話しましょうか?」
記憶は複写したので、千種川雅貴という人物がどのような人物であったのかも、全て知っていますよ。
複写したのなら、元の千種川雅貴は演じなかったのか。そう優が尋ねると、千種川は眉根を顰める。
「人格にあまりにも問題がありすぎました。人類の社会生活に利用するのは、ウィスヤとしての活動モチベーションに差し障りがありましたから。ですので、生命活動に支障が出るほどの大怪我を負っていることを理由に、記憶喪失ということにしました」
「噂には聞いてたけど、そこまでやばいんだ」
「はい。一般的な精神を持っていれば、義憤を感じることでしょう」
「へえ……」
そんな話をしながら、ホテルの近くで買ってきたマカロンをつまむ。地上二十五階から見下ろすビル群に興味もなく、優は雅貴の身体は強奪したの、と聞く。
強奪ですか、と繰り返す彼に、元の人格が今まで出てこなかったってことはそういうことなんじゃないの、と優は言う。さく、とマカロンを噛む。淡いピンク色のそれは、彼女の白い歯を受け止めて砕ける。中に入っているガナッシュのほろ苦い味に満足しながら、どうなの、と尋ねる。
「いえ、きちんと彼に話はしました。肉体を死の淵から引き上げる代わりに、身体を貸してほしい、と」
「まあ死にかけてれば頷くしかないか」
「ええ。彼には頷く以外の選択肢がないから、それは脅しだとも言われましたね」
「あーね。そうだろうね。それで?」
「最低限、死なないものの動けない程度に身体を再生してから、彼には貸し出しの際の注意点を伝えました。我々の精神が人類の肉体に宿る場合、多くは情報質量に耐えきれず、その精神を崩壊させると。ただ、まあ、どちらにせよ彼の身体をぼくが利用することは決定しておりましたので、注意点を伝えてから拒否することはできないのですが」
「うわー、凄くいやらしい。肉体は生きてても、精神は死ぬって事じゃん」
ひどい取引もあったもんだね。
そう笑った彼女に、一概に死ぬとは限らないものですから、と千種川は言う。こともなげに告げるものだから、そうなんだ、と優も軽く返してしまう。
「具体的には、一万人に三名ほどは我々の精神が乗り移る際に発生する、膨大な情報質量の奔流に生き残るので、一つの体に二つの精神はありえますよ。仲間にもいます」
「ほとんど飲み込まれると死んでるじゃん。で、元の雅貴はその奔流に飲まれたんだ」
「はい。この肉体の持ち主はすでに精神的に死亡しています。ですので、強奪というのは間違いではないかもしれませんね」
一応、彼には貸し出しという形で借り受けていますけれど、ぼくが居なくなったあとはこの肉体は死ぬだけですから。