典型的な、例の病ではございませんか

私とわたしの日々是好日
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 車を走らせること一時間。距離としては目的地まで半分を超えたあたりなのだが、いかんせん渋滞に巻き込まれ、車は遅々として進まない。カーナビ曰く、五分ほど捕まる予定らしいのだが、本当に五分で済むのだろうかと思うほどだ。カーナビの時計を見ても、まだ時間は進まない。
 ふう、とため息をつく絢瀬に、ヴィンチェンツォはなかなか進まないね、と家から持ってきた水筒に口をつける。加糖のコーヒーに口をつけている彼に、この道路は混むって分かっていたけれども、と絢瀬は少しだけ車を進めては停めるのを繰り返す。

「三連休の二日目だから、少し油断していたわね」
「みんな初日に出かけていると思うもの。まさか海に行くだけで、こんなに時間がかかるとはね」
「流石に海に行く人は少ないと思うけれど……この道、いろんな場所に通じているから、いろんな人が通るもの……って、こら、一台ずつよ」
「流石に二台は少し厚かましいね」
「全くだわ。一台入れたら、一台進めるものだわ」

 んもう、と言いながら、合流地点を抜ける。合流地点で混雑していたらしく、そこさえ抜けてしまえば比較的道路は混んでいなかった。上り車線は空いているが、絢瀬の車が走っている下り車線はやや混雑はしているが。
 車を走らせながら、絢瀬は海には早すぎるんじゃない、と口を開く。海開きをしていない海を見に行くのは嫌いではないし、彼がガス抜きがてら海までドライブしたいだけなのは理解しているのだが。

「だって、ここ最近家に篭りきりだったもの。外出したくてさ。どうせなら、やっぱり、思いっきり外に行きたいじゃないか」
「それもそうね。わたしも職場と家の往復だけだったもの……たまにはいいかもね、海」
「分かりやすいよね、海って。どこまでも広がっていて、非日常って感じがして」
「そうね。何もかもが流されていく気がして、嫌いじゃないわ。好きな方ね」

 スムーズに流れていく車は、車線を切り替えて出口に向かう。するすると出口に吸い込まれ、ゆるいカーブを切りながら、絢瀬は出口の精算所へと減速しながら入っていく。ETC精算口にゆっくり進入すると、ゆっくりとバーがあがる。
 一般道への合流をきれいに済ませる彼女の運転に、あいかわらず運転が上手いなあ、とヴィンチェンツォは何度目かも分からない絢瀬の運転に感嘆する。

「あなた、それ、わたしが運転するたびに言っているわよ」
「私もそう思うけど、実際上手なんだもの。運転だけは不器用なのは私みたいだ」
「サイズ感の問題じゃないかしら」
「そうかなあ。それでも、アヤセは運転が上手だと思うな。あ、飴舐めるかい?」
「もらおうかしら。次、赤信号だしね」
「はい、どうぞ」
「ん。おいしい」
「眠気覚ましのミントじゃない飴を舐めるの、久しぶりな気がするよ。おいしいね、ミルクキャンディー」
「ふふ、そうね。たまには飴もいいわね」

 車は海沿いの道に入るため、絢瀬は右折のウィンカーを出す。右折の信号に切り替わるのを見てから、するりと車を滑らせる。
 正面に海が見えてくると、ヴィンチェンツォはご機嫌に口笛を吹く。

「海だねえ。葉っぱがすごく揺れてるな……風が強いのかな」
「海だもの、風は強そうよね。家を出る時も、ちょっと強いかも、って思ったわ」
「あー、海だと余計に強いかもしれないね。なにせ開けてるもの」

 飛ばされないように、私に捕まっておくかい。
 そう絢瀬に尋ねるヴィンチェンツォの顔は笑っている。どんな返事が来るのか、分かっているからだろう。だから、絢瀬も笑って返事をする。

「そうね。吹き飛ばされないように、あなたなくっついておかないと」
「任せてよ。私は飛ばされたりしないもの」
「ふふ、そうね。あなたが飛ばされたら、どれだけ強い風なの、って驚いちゃうわ」
「ふふ、それもそうだね」

 そんな話をしながら、近くのコインパーキングに車を停める。車から降りながら、絢瀬は洗車しないといけないわね、と黄砂のついた車を見ながら眉をひそめる。所々に砂がついてだいぶ汚れが目立っている。濃いブラウンのボディーだからか、余計に目立っている。
 雨の跡と黄砂でだいぶ汚れて見える車に、むむ、と難しい顔をしている彼女に、帰りにガソリンスタンドに寄っていくかい、とヴィンチェンツォは尋ねる。そうするわ、と絢瀬は肩をすくめると、彼から薄手のコートを受け取る。

「やっぱり改めてまじまじと見るとダメね。気になっちゃうわ」
「春だからねえ。黄砂も飛んでるし、いくら洗っても汚れちゃうね」
「姉さんみたいに、黄砂が落ち着くまで洗車しないって割り切れたら楽なのかもしれないわね……」
「ハヅキは気にしなさすぎるところがあると思うよ。それに、あの車は結局気になったカズヨシが洗っているよ?」
「あら、それは初耳ね。姉さんったら、あんなに大雑把なのに車だけは綺麗だと思ったら、義兄さんが洗っていたのね」

 呆れたように笑いながら、絢瀬は車を施錠する。洗車の時についでにガソリンも入れておこうかしら、と笑っている彼女に、それがいいよ、とヴィンチェンツォも釣られて笑う。
 びゅう、とも、ぴゅう、ともつかない音を鳴らしながら、二人の間を一陣の風が吹き抜けていく。あまりの強さに、絢瀬はショートブーツに履き替えた足でたたらを踏む。

「やだ。凄く強い風ね」
「大丈夫かい? 今からしがみついておく?」
「しがみつくのは流石に恥ずかしいわ。腕を貸してくれる?」
「もちろんだとも」

 ヴィンチェンツォのカーディガンに覆われた左腕に、絢瀬は腕を絡める。目の覚めるようなビビッドな赤色のカーディガンは、ヴィンチェンツォお気に入りだ。
 シャツにカーディガン一枚で寒くないのか、と絢瀬は不思議に思いながらも、体温が高いから気にならないのかも、と思い直す。実際、尋ねたのなら、その答えがそのまま返ってくるだろうことは予想できる。
 腕を組んで二人は海岸沿いを歩いていく。途中、小島へとつながる歩道を見つけた二人は、行ってみようと頷きあう。
 海の上にかかる歩道に足を踏み入れると、びゅう、と甲高い音を立てて風が通り抜けていく。冷たく、勢いのある風に、絢瀬のコートがはためく。

「はは、海の上だから、余計に風が冷たいね」
「本当ね。それに、風も強い気がするわ」
「ああ、でもなんだか胸に引っ掛かっていた色々なことが、どうでも良くなった気がするよ」
「それはそうね。これだけ風が強いと、色んなものがどうでも良くなっちゃうわね」

 二人はくすくすと笑いながら、遊歩道を歩いていく。数歩おきに、びゅうびゅうごうごうと吹き抜けていく風を浴びながら、二人はけらけら笑いながら歩いていく。
 絢瀬のコートがばたばたとはためくたびに、彼女はいつもより少し強く恋人の腕に強くしがみついた。