深夜十時、交差点近くのコンビニにて

私とわたしの日々是好日
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 くあ、と思い切り欠伸をする。隣の先輩アルバイトに睨まれたが、まあ気にしないことにする。
 欠伸をしたってしかたがないだろう。もう夜中の十時で、客足がまばらなんてものじゃない。ほとんど来ないのだ。そりゃあ、もう、欠伸だって出放題だ。

「眠いっすね」
「仕事中だろ」
「先輩は眠たくないんすか」
「眠くないわけじゃない」
「眠いんじゃないんすか」

 そんなやりとりをしながら、俺はレジに、先輩は商品棚に向かう。商品棚は別にそこまで荒れているわけではないけれど、まあやることがないので陳列棚の整理をするぐらいしかないのだ。
 そんな時だった、がーっ、と自動ドアが開いたのは。

「らっしゃーせー」
「いらっしゃーせー」

 半分寝そうな声を叩き起こしながら、客を迎えて、うわ、となる。
 見上げるほどに巨大な体は、筋肉で覆われていて、山みたいに見える。ガリヒョロの俺とは天と地ほど違う。
 濃いめに煮出した紅茶色の髪は、乾かしたばかりなのか、ふわりと癖が少しついているだけだ。
 見覚えがない客だなあ、と思っていると、レジに戻ってきた先輩に小突かれる。小声でなんすか、と尋ねると、常連だから覚えとけ、と言われる。

「常連なんすか」
「おー、この辺に住んでるみたいでな。普段は昼くらいに来るんだけどな……甘いもんよく買ってくし、うちのプライベートブランドの紅茶買ってくから覚えとけよ。たまに別の持ってくるから、これでいいのか聞けよ」
「はあ……」
「結構おしゃべりな人だし、見た目よりずっといい人だぜ」
「そうなんすね」

 そう言われて、もう一度彼を見る。言われれば、そんなに怖い雰囲気はない。むしろ、穏やかないい人……な気がする。そう言われたからかもしれないけど。
 先輩が言っていたように、その人物はドリンクを冷やしている冷蔵庫前で少しかがむと、扉を開けて容器を取り出す。それはプライベートブランドの紅茶だった。別にそんなに美味いわけではないけど、まあ人それぞれ好きなものってあるしな、と思うことにする。
 そのままデザートコーナーでシュークリームを取ると、レジに向かおうとして、足を別の方向に向ける。
 それは栄養ドリンクの並んでいる小さな冷蔵庫だった。なんというか、彼にそんなもの必要ないのではないか、と不思議に思っていると、先輩があー、と呟く。

「先輩、なんかわかっちゃったんすか」
「あー……いや、お前はそのままでいろよ……うん……」
「は?」
「純粋なのはいいことだよ、うん」

 何を言ってるんだか、この人。そう思いながら、彼を目で追っていると、買うもの全てカゴに入れたらしい彼がレジにくる。

「やあ。この時間にもいるのかい?」
「ちっす。本当はこっちのほうが正しいっすね」
「夜勤は体にクるよ、ほどほどにね。そっちの彼はピアチェーレだね」
「あ、はい。どもっす……?」

 ペラペラの日本語に――それはもう、日本人顔負けなほど、イントネーションから完璧な日本語に驚きながら、ピアチェーレとはなんぞやとなる。どっかの国の挨拶かな、と思っていると、先輩が紹介してくれている。
 入ってすぐは大変だよねえ、と彼が先輩と話している間に、俺は商品バーコードをスキャンする。
 シュークリームに紅茶、栄養ドリンク――彼ほどの体格の人間でも、ドーピングはするんだなあ、などと思いながらスキャンして、あるものに気がつく。
 可愛らしく誤魔化されたパッケージ。コンビニで手に取りやすいようにされたそれは、まあスキャンすれば商品名が出てくるので無駄な足掻きとしか見えない誤魔化しのそれは、コンドームだった。なるほど、先輩が理解したのを遅まきながら理解する。これは、まあ、その……純粋であれ、と思うよな。

「……ところで、あれで入るんすか」
「……どうだろ。私の、ジャポネーゼの平均よりあると思ってるからなあ……」
「入んないんじゃないんすかね……てか、珍しいっすね。また在庫切らしたんすか」
「そういうところだよ。この間注文したと思ったのに、できてなかったみたいなんだよ」
「ああー、それは残念っすね。これも飲むんすか?」
「あ、そっちの栄養ドリンクは私じゃないよ。絢瀬のなんだけど、そんなのに頼ってほしくないのが本音だよねえ」

 というか、私がそれに頼るほど体力ないように見えるかい。
 笑いながら話す彼に、見えねっすわ、と返す先輩。バーコード決済を済ませた彼に、ビニール袋にいれた商品を手渡す。
 受け取った彼は、おつかれさま、と手を振って店を後にする。その姿を見送りながら、俺は先輩に尋ねる。

「先輩、あの人、なんて名前なんすか?」
「なんだっけ。忘れたなー。イタリア人だってことしかしらねぇや」
「イタリア人なんすか」
「なんでも、学生時代に今の彼女に一目惚れして、日本に来る理由を作ったらしいぜ」
「はー、愛っすねえ」
「彼女さんはたまーにしかこねーけど、だいたいあの人と一緒だからすぐわかんだろ」

 すげー美人だよ。
 そう言った先輩は、にやにや笑っている。どんな美人なのか尋ねながら、レジ袋はまだ補充しなくても大丈夫か確認していた。