title by scald(http://striper999.web.fc2.com/)
「しかし、上手いこと言いましたよね。『気がついたら一緒にいた』ですか」
「実際、気がついたら一緒にいただろ?」
「物心ついたあたりで、が先頭に来ますけど、知らない人からすれば分からないことですもんねえ」
言葉を使うのが昔より上手いんじゃないんですか。
ふわふわのパンケーキにたっぷりの蜂蜜をかけながら煽るネッロに、病気になるぞ、と声をかけるだけのシャルロッテ。
先ほど、エデン・フレイヤから振られた話題として、出逢いについて尋ねられたのだ。適当にはぐらかして流してやれば、彼女もそこまで興味がなかったのかそれ以上深くは突っ込まれることはなかったのだ。
彼女が別のリンクシェルで呼び出されたのをいいことに、二人っきりになったシャルロッテとネッロは各々注文した料理に手をつけ始めると、冒頭の会話に戻る。
――二人が出会ったのは、シャルロッテが名を捨てるよりもずっと昔で、クルザスが寒冷地になるよりも少し昔のことだ。
イシュガルドの名家として名を馳せていたわけではないが、決して下級ではない貴族・シーダー家の次男としてシャーロットは生を受けた。物心がつくよりも前から、ハープシコードの天才と言われた母のもと、彼はハープシコードと触れてきていた。
貴族であるから騎士であれ、と剣術を習うよりも早くから音楽に触れてきていた彼は、暇があれば鍵盤に向かうほどだった。
母譲りの才と往時の努力もあり、一時期離れていたとは思えないほどの指先は今なお健在なのだが――それは別の話としよう。
シャーロットが剣術を学び始めて幾許かした頃、父親が競い合う相手がいた方が成長を早めると連れてきた子どもがいた。
その身丈はシャルロッテより僅かに小さく、彼の父親と思しき男性とよく似たくすんだ白金の髪をしていた。なにより、目を惹いたのは――彼の疲れた、と言わんばかりの目だった。
向上心が微塵も感じられない、ここに呼び出される理由は分かれども、居たいとは水滴一粒ほども思っていない顔。目の前の自分よりも金も権力もある男に媚を売るつもりなど微塵もないが、波風立てないように振る舞っている矛盾。それがシャーロットは面白かった。
そもそも、剣術よりは槍術のほうが好きだが、父親が剣技を身につけた男だからこそ拒絶しきれなかったのだ。父にあてがわれた相手がこの男なら、それなりに面白そうだ。そうシャーロットが幼い脳を回転させるのも無理はない。
「シャーロット。ヒースコートの息子だ。年も同じなのだ、お前の良い競争相手になるだろう」
「ネッロです。どうぞ、よろしくお願いします」
「シャーロットです。同い年の友人は初めてだ」
互いに握手をして、互いに理解する。今自分の手を握る男は、ろくな男じゃないと。
理解して――シャーロットはネッロと名乗った子どもの手を繋いだまま、これから良い友となるのなら積もる話があるから、と強引に父親の用事を切り上げさせる。
眉を顰めた父親に、明日から稽古を始めるのだろう、と尋ねたシャーロットは、元気なうちに互いの話がしたいのだ、とそれらしい言葉を述べる。その奥に隠れたものに気付きながらも、それらしい言葉を否定するのに時間がかかった父親に、いいでしょう、とだけ告げたシャーロットは、ネッロの手を引いて部屋を後にする。
広い廊下を歩きながら、ネッロは口を開く。ああいう場所は息苦しいんですよね、と。
「発表会とかな。音楽よりも着飾った自分を見せたいためだけに、俺たちを利用してくれるなよって思うよ」
「へえ、お貴族様なのにそういうこと言うんです?」
「お貴族様だって子どもだし? 普通に遊びたい盛りだしな。発表会なら自分を見てほしいに決まってんでしょ」
俺の演奏の向こうに母様を見て、母様の才を感じるとかいうの、褒め言葉じゃないよな。にぃ、と口の端を持ち上げて笑うシャーロットに、ネッロはそれはひどい、とひどいと思ってない声で返事をする。
シャーロットが自室に案内すると、ネッロが部屋に踏み入れると扉を閉める。適当に座ってよ、と彼はソファーに腰を下ろす。
「いやあ、こんなひどい男の持ち上げ役になるんです? 嫌だなあ、僕」
「嫌だと思ってないでしょ。だって、お前、俺と同じ人種だよ」
「ですよね。生きることに目的がなくて、曖昧なしあわせってやつよりも、具体的な気持ちがいいことが好き――そうでしょ?」
「そうじゃない? 実際。命懸けで竜殺しを成すよりも、もっと楽に生きたいでしょ、普通」
「お貴族様的には竜殺しの使命の方が大事らしいですよお」
「そんなことで死ぬ気はないんでね。タイミングがあれば、こんなところおさらばするさ」
「じゃあ、その時連れて行ってもらうために、ニコイチですって今から周辺にアピールしとこ」
「お前も大概したたかだな」
嫌じゃねえよ、そういうやつ。
にい、と唇の端を持ち上げて笑ったシャーロットに、大概夢物語で終わりそうですけど、とネッロが笑う。
その夢物語が十年以内に現実となり、シャーロットが名を捨てて『お貴族様』でなくなることなど、彼らは知るよしもなかった。