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陸上鷹山(くがうえ・ようざん)は名家と呼ばれる家の出だ。最も、家業を継ぐのは兄であり、その補佐をするのは姉であり、次男である彼は家に泥を塗りさえしなければ好きにしていい立場にいた。
期待はされないが求めるものは与えられる。そんな堕落しやすいポジションにいた彼は、早々に己を律していくことを決めた。もとより物欲に乏しく、両親も堕落しやすいポジションにいた彼には人一倍厳しく接していたのもあるだろう。
高校の時点で全寮制に入り、大学からは一人暮らしをしてきた。親からの仕送りは最低限に留めて、立派に独り立ちした彼は、面倒臭いが先に立つ実家関連の付き合いもほどほどにこなしながら日々を過ごしてきた。
そんな彼の転換点ともなったのは、同僚たちに誘われた合コンだった。少女特有の甘さが残りながらも、完璧と言える美しい目鼻立ち。胸こそ大きいが、それでも頭の先から足の先までのバランスは崩れていない完璧なプロポーション。それを鼻にかけない快活さ。
後日再開したとき、促されるままに彼女とメッセージアプリのIDを交換して、今では時折やり取りを行う程度の仲だ。年が十も離れると若い子の流行など分からん、と匙を投げたくもなるが、彼女・奈々美は素直に分からない旨を伝えると、丁寧に教えてくれるものだから、陸上にはひとつひとつ知識としていろいろなものが増えていく。
そんなことが続いて、時々食事に行ったりしていたときのことだった。
「あのね、陸上さん」
「ん」
「アタシね、こういうの好きだけど、続けるならちゃんと関係に名前をつけたいな」
「……ん?」
「友達より先に進みたいな、って。一緒にご飯食べたり、お出かけしたりすることに、色々足してみたいなって。陸上さんが嫌なら、アタシは今のままでもいいよ」
「……そうか。いや、俺はそういうことに疎くてな」
「知ってる知ってる。好きな人とか、作らなさそうだもんね」
「恋愛自体に興味がない、と言えばそうだろうな。誰を見ても魅力的だとも思わん。それに、」
「それに?」
ひとつ呼吸を置いて、陸上はチェアーの背もたれに背をもたせると、目を閉じて、ゆっくりと開く。
「家の関係であちこちに顔を出すことがある。面倒だぞ、どうでもいいことに微笑みながら、それでいて家のためにならないことは角が立たない程度に拒絶するのは」
「おお……陸上さんってすごいお家の人だったんだ……」
「まあ、な」
「んん……でも、陸上さんさ、前の合コンの時に奈々美の胸、一回も見てなかったでしょ? 男の人たち、みんな見てたのに」
「ん? ああ、まあ、じろじろ見るものでもないしな。それは失礼だしな」
「アタシね、そういうところが好きなんだ」
失礼なことはしない、って人、世の中意外と少ないんだから。
うっすらと笑った彼女に、この子は無自覚の悪意に常に晒されてきたことを察する。思えば、合コンの時は常に乾いた笑い声だった。
奈々美は目を伏せて、言葉を続ける。
「おうちが大変そうで、きっとそういうのに巻き込みたくないって思ってるんでしょ? 優しいよね」
「そうか?」
「うん。アタシ、そういうところが好きだな」
「そうか」
「そりゃ、アタシ普通の家で育ってるから、そういうの全然わかんないし、足とか引っ張ると思うんだけど、それでも陸上さんの隣に、友達じゃない関係の名前で立ちたいと思うよ」
ダメじゃなかったら、隣に置いてほしいな。
困らせちゃうね、と言いながら笑う彼女に、今すぐは答えが出せないが、と前置きしながら陸上は口を開く。
「話していて不快じゃない。もう少しそばにいてもいいとは思っている」
「ほんと?」
「君が少しでも、俺の家のことが面倒で煩わしいと思ったら、関係は解消して構わない」
「……うん」
「その前提でなら、まあ、関係性の名前を変えよう」
「ほんと? いいの?」
「君が言ったことだろう」
少しだけ呆れながら、陸上は食後のコーヒーに口をつける。ダメだろうなって思ったからさあ、とソーダを口にしながら奈々美は笑う。
そうそう、と何か思い出したように奈々美は口を開く。
「でも、ご飯代を割り勘にしてくれないところ、あんまり好きじゃないなー」
「そこは男の顔を立ててやってくれ。俺も年上の男なんでね」
「えー。じゃあ、たまには割り勘してくれる?」
「……わかった」
「あ、すごく嫌そう」
きゃらきゃらと笑う彼女に、陸上はどうしたものかな、と静かに頭を悩ませるのだった。