陸上鷹山(くがうえ・ようざん)はほとんど巻き込まれたような形で金曜日の飲み会の場にいた。
円卓を囲むように男女が座る、いわゆる合コンだ。職場で同時期に入っただけで取り分け仲がいいわけではない(陸上談。普通に会話はするがメッセージのやり取りの頻度は高くはない)男の同僚たちから、どうしても来てくれないかと頼みこまれて顔を出したが、開始早々から男たちは一人の少女から抜けきってない女性にターゲットを絞っているし、女は獲物を狙うハイエナのような目で陸上を見ていた。
ちら、と陸上が狙われている女性を見ると、あはは、と渇いた笑い声を上げながら、男たちの質問と胸に向かう視線を適当に流していた。
そう、胸が大きいのだ。他の女子(今回は女子大生が多い。だからこそ、顔のいい陸上に客寄せパンダになって欲しかったのだろう)たちよりも二回りは大きいだろうそれは、漫画かアニメのような完璧で歪なプロポーションだった。
――完璧な左右対称に近い顔は小さく、胸は大きいのに全体のバランスは非常にいい。一周回って恋人にしにくいタイプだから、こういう場所に引っ張ってこられたのだろう。そう、自分のように。
お互い大変だな、と思いながら陸上は水を煽る。出されたお通しと水だけをちまちま摘んでいる陸上にも、女子から声はかかる。生返事ですら、間接照明の灯の下ではセクシーに見えるのか、女たちの視線は衰えない。
適当なタイミングで帰れよ、と言われていたこともあり、陸上は明日も早いからとグラスを置いて立ち上がる。男性陣からは適当なことを言われながらも、早く立ち去ってくれ、という切実な願いが伝わってくる。そこいらの芸能人のよりも顔立ちがいい陸上がいるだけで、彼らの勝率はゼロに限りなく近いのだから。
逆に焦ったのが女性陣だ。彼女たちからすれば、今日の大本命が誰もお持ち帰りせずに帰ろうとしているのだから。それでいて、共同戦線でも張っているのか、誰も引き留めようとしない。抜け駆けをしないのは、彼女たちもまたずば抜けた美少女に負けるからだろう。
そんな美少女は、そろそろ門限だから帰んなきゃ、とけらっとしている。
えー、という声が男性陣からあがる。パパ怒ると怖いんだよー、と頭の上に指を立てて、鬼を連想させるポーズをする彼女に、それじゃあ仕方ないなー、と笑う一同。それを好機と捉えた陸上は駅まで送る、と少ない荷物を抱える。
きょとんとしていた彼女は、やったあ、と笑いながら陸上にくっついてくる。
送り狼になるなよ、と野次を背中に浴びながら、陸上は名前を聞いたような聞いてないような――おそらく忘れた美少女と店を後にした。
「やー、助かっちゃった。ごめんなさい。まだお店にいたかったんじゃないんですか?」
「いや、適当なタイミングで帰っていいとは言われていたからな。むしろ俺も助かったほうだ」
「あはは! おにーさん、かっこいいもんね。あの子たち、おにーさんしか見てなかったから、今頃合コン悲惨なことになってたりして?」
「それはあいつらも君のことしか見ていなかったからな……」
「まあ、アタシかわいいからね! あとはこれが目立つからなー」
そう言いながら、美少女は自覚があるのか、と陸上はあきれてしまう。駅までの道のりの間、彼女の話を聞きながら、話し上手だな、と相槌を打つ。
駅で別れて、帰路に着く。きっともう出会うことはないだろう。そう思っていたのだけれども、これがなかなか運命とはそういかないものらしい。
合コンメンバーから持ち帰りできたのか、と尋ねられては持ち帰らなかったのかよ、と笑われるまでがワンセットだった月曜日の仕事を終えて、本屋に立ち寄ったときのことだった。
「あれ? こないだの! 陸上さん!」
「ああ……この間の」
「……アタシの名前、覚えてる?」
「……あー……すまない」
「あはは! そんなこったろーって思ってた!」
奈々美だよ。調月奈々美(つかつき・ななみ)。
秘密を共有するようにうっすらと笑いながら話す彼女に、いい名前だな、と陸上は頷く。
「大学の最寄駅ここなんだ」
「そうか」
「陸上さんは仕事帰り?」
「ああ」
「社会人大変そう! お疲れさま」
「まあ、いつものことだからな……」
「んふふ。あ、そうだ」
ごそごそと奈々美は肩から下げていたトートバッグからスマートフォンを取り出す。QRコードを見せながら、ライン交換しようよ、と切り出してくる。
「偶然でも二回も会えたんだから、これは交換してもいいと思うんだよね。ダメ?」
「……返信に期待しないでくれるなら」
「全然! アタシ、たくさんメッセージ送っちゃうから、うるさかったら言ってね?」
「わかった。既読無視するかもしれんが、それでもいいなら」
「既読つくだけマシだよー」
うちのねーちゃんなんて未読無視だよ。
そう笑った彼女のQRコードを読み取り、友達追加する。早速送られてきたうさぎのスタンプに、適当なスタンプで返事をする。
「ありがと。断られると思ってた」
「断っても良かったが、まあ、同僚たちからな……」
「ん? なんか言われたの?」
「送り狼になれば良かったのに、と言われてな」
「あはは! そんな男の人だったら、偶然再開してもライン交換なんてしないよ!」
「それもそうだな」
きゃらきゃらと笑う彼女は、お金払ってくるね、と陸上に別れを告げてレジに向かっていく。
それを見送りながら、陸上は新しいトーク画面をもう一度見た。そこには変わらず、デフォルメされたうさぎのスタンプが一つ付いていて、自分が送ったスタンプがあるばかりだった。