トアは人気のある動画配信者だ。だからといって常に引きこもっているわけではないし、動画配信者同士の繋がり以外にも友人はいる。統一管理機関が人間として健全な精神性を持つために友人関係は必要である――そう規定されてから、人々には幼少期から友人となるべき人がふたり与えられていた。トアもその時の友人たちとは縁を切ることなく、長く今まで友人として接してきた。そのうちの一人は長く病魔に悩まされ、脳以外を機械化させて延命することになったりしたが、基本的にはどちらもいわゆるヒトの体をしている。
そして、今日はトアの家にふたりが遊びに来る日だった。部屋にセッティングされているコンシェルジュAIに指示を出して丁寧に掃除をし、配給されている食事を、所有レシピの中で一番豪華な見た目をしていることと、友人のひとりが好きだからという理由でフライドチキンとフライドポテトに設定する。普段であれば、加熱の段階でトアが自ら手を出すのだが、今日はこれから出かけるために全ての調理をAIに任せることにした。
……そもそもトアのように料理の一部工程を人が行うことはあまり推奨されていない。味付けが濃すぎたり薄すぎたりと完成されたとは言えないものになることもあるが、加熱ムラが起きて体調不良につながることも指摘されているからだ。それでも、一部工程を手作りすることで特別感が出るのは事実であるから、非常に限られた一部区域の店舗および一部の過程では非推奨事項であるにも関わらず行われている。シェルター内では極々一部の家庭だけだが。
「レノ。でかけてくるね」
「なーおぅ」
首を震わせた有翼の猫は助走をつけて飛び上がる。キャットタワーの一番上に乗った彼は、そのままキャットタワーの一番上の台座で丸くなる。主人の言葉を理解したのかは定かではないが、自分がでかけたら施錠するようにコンシェルジュAIに依頼する。AIの無機質な女性の声で了承されたのを確認してから、トアは帽子を目深に被り、動画出演時の動きやすいボーイッシュな格好ではなく、ふわふわとした空色のワンピースで出かける。イメージと違う格好をしているだけで、人の目はいくらでもごまかせるのである――とは、友人の話である。
ちょっとした良家のお嬢さんのような格好で出かけたトアは、気に入っているケーキショップに向かう。過剰な嗜好品の摂取はペナルティが課せられるが、週に二度ぐらいであれば咎められることもない。
「う、わぁ……」
すこし浮かれてケーキショップに向かうと、そこは長蛇の列ができていた。動画配信者トアのお気に入り店舗というのもあるが、先日さらに人気のある動画配信者がおいしいと話していことを思い出す。それでこの人気かあ、とトアは少しだけ残念に思いながら店の列をちら、と見て足を進める。他にも嗜好品を扱う店舗は存在するのだ。別に、なにもケーキである必要はないのだ。自宅から一番近い嗜好品の店舗がケーキショップだというだけである。
メールの着信があり、腕時計型のデバイスを起動させる。ホログラムで表示される通知から、最新のメールを開く。そこにはあと二十分程で到着するという二人の連絡があった。意外とすぐに到着してしまうことに驚きながら、事前に買っておくようにリマインドをセットするべきだったと今更の後悔をするトア。仕方無しに安価で嗜好品を取り扱う――それゆえ、そこまで美味ではないのだけれども、チープな味がクセになると一部の層から人気がある店舗に行く。
とりあえずなにか、と思いトアは目についた酒の小さめのボトルを手に取る。古くはりんご酒と言われていたそれと、ぶどう酒の二本。そしてバニラ味のカップアイスクリームを人数分。手早く会計を済ませて、ボトルとアイスクリームのための保冷剤が入った袋を抱えてトアは自宅に向かう。二人が来る時間が刻々と迫るものだから、帰路を急ぐ足取りも早い。
自宅マンションにたどり着き、手早く転送エレベータのロックを解除して指定の階数に向かう。自宅の階に転送されると、角部屋に当たる自室にむかう。自宅のロックを解除して、玄関先で靴を脱ぐ。冷蔵庫に酒のボトルとアイスクリームを放り込んで、一息つこうかというところで、自宅インターホンがなったことをコンシェルジュAIが告げる。水を飲む時間もないことに少し恨めしく思いながら、トアはコップに一息で飲めるだけの水を注ぐと、一気に飲み干す。そのまま、コンシェルジュAIに三人分のよく冷えたドリンクを提供するように依頼する。
それを拝命する返事を待たずに、トアは玄関の扉をあける。そこにいたのは、鋼鉄製の猫耳を装着した黒髪の女性と、スキンヘッドの女性だった。黒髪の女性にネイア、スキンヘッドの女性にゾーイと呼びかけて部屋の中に案内する。
「邪魔すんぞ。ああ、これ、俺の手土産」
「おじゃましまーす。あ、これわたしからの」
「ありがとう。……ネイア、また頭のそれ、新しくした?」
「彼氏の最近の趣味。似合ってなかった?」
「似合ってるけど、金属むき出しなんだ……」
「まあ、そういう古典的なロボット要素が好きなんだろ。しらんが」
「たぶんそうなんじゃなあい? サイボーグのアクセサリーショップ見に行ってる時が、一番いきいきしてるヘンタイなんだし」
にしし、と笑うネイアに、ゾーイとトアは目線を合わせてため息をつく。百五十ほどの身長のボディに収まっているネイアが、獣を模した耳をつけているのは、たしかに可愛らしい。顔立ちも随分とかわいらしいものだから、余計に引き立てているのもあるのだろう。今日は黒くフリルがそれとなくあしらわれている可愛らしいワンピース。なんとも不釣り合いな金属の耳がむしろ彼女を引き立ててすらいる。
薄水色の髪の右側を大胆にも剃り上げ、左側の髪だけを伸ばしたゾーイは、昔ながらのパンクロックな雰囲気だ。剃り上げた頭部はおろか、服から見える首や右の手のひらまでしっかり入れ墨が入っている。少しばかり――二メートも見えるほどに背が高く、随分と近寄りがたい彼女だが、持ち込んできた手土産がシュークリームの詰め合わせなあたり、甘いものが好きである。彼女のコンシェルジュAIいわく、罰則がつく寸前まで甘いものを食べてしまうのだとか。
……閑話休題。
リビングに向かえば、コンシェルジュAIが準備しておいた飲み物がテーブルに置かれている。リビングのローテーブルに置かれたそれの前に思い思いに座る。フロアソファーに腰を下ろして、三人はドリンクの入ったカップをかんぱーい、と持ち上げる。
「そういや、最近ゾーイの本読んだよ。あれ、銀河系の向こうのやつ?」
「そうそう。向こうで面白いものを見つけたから、こっちで翻訳したいって口説き倒してきた」
「精力的……その見た目で?」
「この見た目で。なんだよ、トア。悪いか?」
「向こうの人、びっくりしそう」
「まあ、そりゃあな!」
あはは、と笑うゾーイに、びっくりしなかった人がいるのか逆に気になる、と呆れたように笑うネイア。トアは少しだけ考えて、いなさそう、と答えると、今後現れるかもしれないだろ、とゾーイがトアの額にべし、とデコピンをするのだった。